人生はどれだけ自分の気持ちに正直にいられるかどうか。

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人生はどれだけ自分の気持ちに正直にいられるかどうか。

簡単にモノを手にできる一方で、満足度や価値がわからなくなっていく。 人間も鳥と変わらない。籠に押し込められる鳥。地球に押し込められる人間。でも人間には可能性がある。枠から飛び出せる力がある。自由を求めて追うことができる。 食に追われ人に追われ時間に追われ自分に追われる。そして見失っていく。自分自身を。それが人生なのかもしれない。 生きるスピードは人それぞれ。足並み揃えてどこに行けばいいのか?自分は自分にしか歩めない道をただひたすらに歩んでいくしかない。 防げるはずの病気にかかり続けたり、決して満足させてくれないモノに惑わされたり、一時の感情でなにもかも捨ててしまったり、人はすべてを手にしているはずなのになぜ求めてしまうのだろう。命が大切だと幼い頃から教えられたはずなのに、どうして大人になるにつれて自分のことで精一杯になってしまうんだろう。 時代が豊かになっても居場所やモノや食料なもを奪いあってるのに、動物や自然と共存しましょうとなぜ言えるのか?隣人がうるさいと包丁でグッサリ刺す世の中なのに。 モノを減らすばかりでも意味がない。自己満足。大切なのはその先。世の中には困っている人はたくさんいる。無駄だと捨てるそのモノを欲しがっている人は必ずいる。邪魔の一言で簡単に捨てれるのは自分のことしか考えなくていい環境にいて恵まているからだ。 新しいビルばかり建てて、人間の居場所ばかり拡大されていく。場所が増えることはお金に執着する人が増えるってことでもある。人間が学ばなきゃいけないのは生き方。心の底から満たされてると自分の欲をコントロールできる生き方でありライフスタイルだ。 本当に大事なことは教えず、目の前の欲を満たす方法だけを刷り込ませる教育。お金がすべてだという前提で語られる夢や希望。 こんなに近くに人がたくさんいるのに心の距離は果てしなく遠い。呼吸がしづらく生きづらい。ギラギラと欲を満たす目で溢れた世の中。できるだけ人と関わらないように、仕事だから仕方なく関わってる人たちに対して人間関係が大切だと悟るのはどう考えてもおかしい。 大人になるにつれて仕方ないの一言ですますことが多くなるが、仕方ないことなんて何一つない。変えようとするのがめんどくさいから仕方ないで誤魔化しているだけ。人はやろうと思えばなんでもできる。 自分をうまく出せないで常に怖がり、周りから見られてるような気がして心が小さくなってしまう。自意識過剰と言ってしまえばそれまでだけど、人間はそんな単純にできてない。心の奥底がわかっても変えれないからもどかしいのだ。 人生には楽しいことなんてない。楽しいと感じれる心があるだけ。物事に意味はない。意味は常に自分の心で生み出すもの。幸せも楽しさも苦しみも辛さもなにもかも自分の心ひとつ。コントロールできるもの。感情に負けず自分に負けず心を保つことが大事。 顔は笑っても心は笑わない。楽しくないことでも楽しもうと心に嘘つくことが本当に正しいのか? 孤独を埋めようと人と会っても心はなにも満たされなかった。気を使い昔の情に流され、意味の無いことに時間を費やす。心を殺して自分を殺して心の底から笑えるはずなんてなかった。 自分らしく生きることの大切さをしみじみと実感し、楽しさを感じるのは自分次第であると悟る。人生はどれだけ自分の気持ちに正直にいられるかどうかなのだ。
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