義信とおつね

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義信とおつね

 義信が躑躅ヶ崎館(つつじがさきやかた)の居館に戻ってくると、妻のおつねが待っていた。武将の妻というより、公家の娘のような上品さと柔らかさがある。義信は妻をおつねしか娶っておらず、一途に愛していた。  義信はおつねに微笑みかける。 「あら、義信様。何かありましたか? 顔色が良くないですよ」 「ははは。おつねは何もかもお見通しだな。少しばかり決心をしてきた」 「決心? 御館様との関係ですかね。今は武田家が一丸となるとき。私のことは考えなくても良いのですよ」 「そういうな。わしはそちにだけはこれ以上悲しい想いをさせたくない」 「有り難いお言葉。しかし、義信様は武田の跡取り。武田を第一に考えてください」 「当然だ。全ては武田の未来のため。力と恐怖で人を繋ぐ父のやり方は間違っておる。わしは慈悲で絆を築きたい。ふふ、理想論だと笑うか?」 「立派なお考えです」 「うむ。とはいえ、まだわしにその力はない。まずは目に見える所からじゃ。自分の妻すら幸せにできない男に変えれるわけがないからな」  義信はおつねの肩を抱き寄せた。 「そちは何も心配するでない。わしが守るでな」  義信はおつねを胸に抱えたまま天井をぼっと見つめていた。小さい肩だ。おつねだけは守りたい。いや、守る。何があっても守るのだ。  義信は唇を噛み締めた。  謀反成功の確率は高いとはいえない。しかし、義信と信玄の確執は退くに退けないところまで来ていた。もっと別のやり方があるのかもしれないが、もう迷っている時間などない。やるしかないのだ。おつねのためにも。  義信は目をつむると、真っ赤な返り血を浴びる自分の姿が見えた。
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