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「死んでる」と言った彼女の真意がわからず、自問する。
自分の心境を現す比喩的な表現として言ったのだろうか、それとも……
俺は慎重に言葉を探す。
「そんな冗談も言うんだな。
死んでるって言うけど、俺には君が見えてるし、現に君はここにいるだろ」
「…… そうね」
「 それじゃあ……」
「いきなり信じてもらえるなんて思ってないわ」
彼女は立ち上がり、「行きましょ」といって本を閉じる。
「え? 行くってどこに?」
「ついて来ればわかるわ」
彼女は振り向いて光のない視線を向けて言った。
その視線は今俺が見ている景色じゃなく、違う世界を見ていようだった。
彼女に連れてこられたのは、公園のすぐそばにある墓地だった。
信憑性を持たせるための手の込んだ嘘だと俺は信じたかったが、お墓の前で、俺と彼女には気づかずに手を合わせる女性を見て言葉を失った。
あの人はこの前の……
俺が見間違えた、白い花を持った女性だった。その女性の前にあるお墓に書かれた名前が、記憶を擽った。
「あの名前……」
冷たい風が俺と彼女の居場所を知らせるように足元の落ち葉を鳴らしている。地面に擦れてからからといったその音が必要以上に胸を締め付けた。
俺は彼女を前から知っていた……
乾燥した空気が寒さを引き立てて、肌を締め付ける。
そんな寒さは暖かさを恋しくさせて、吸い込まれるように暖房のきいた図書室へと足を運ばせて、前触れもなく、偶然に身を委ねたように、引き寄せられた。
古くなった紙の匂いと独特の静けさは、居心地のいい隠れ家のようで、校内で唯一、心が落ち着く場所でもあった。
開きが悪い木の扉と、消え薄れた文字で図書室と書かれた室名札は、校舎の歴史というよりは年期を感じさせる。
室内はそこまで広くはない。
貸し出し受付をするカウンターの前には、本棚が均一に立ち並び、艶っぽく敷き詰められた無数の書籍は作家やジャンルによって置いてある場所が区切られていた。
俺には、まるで取り憑かれたように気に入ってる本があった。
様々な本がある中、他の本には目もくれず目的地へと向かう。
まるで、宝の有りかが予めわかっている宝探しのように難なく辿り着いた。
何度も読んでいる一冊の本を手にとって、その場で中身を確認して顔を綻ばせる。
少しだけ、という誘惑に負けて本読み進める。日の明かりが変わり時間の流れをしらせる。
夕日が室内に散乱していて、埃と光りの線ができていた。
つい夢中になり、中盤まで読み進めそうになっていたのを、「あっ」という女子生徒の声で引きもどされる。
聞き覚えのない声の方へ視線を向けると、その女子生徒は「驚かせてごめんね、でもその本」といって俺の読んでいる本に興味を示していた。
恋愛小説を手にとり、恐らくニヤけていたであろう姿を見られたことに動揺して手が汗ばんでいる。
何とかこの場を切り抜けようと考えるが、秘密を知られたような、そんな照れくささが反応を鈍くさせて言葉が出ない。
話しかけてきた彼女の事を俺はほとんどしらない。
名前も知らないほどだ。
体が弱く、何かの病気を患っているということは噂程度でなんとなく知っている。
基本的に高校生は噂好きだ。
学校生活をしていれば、全く関わりのない生徒の情報も度々耳にするがある。
彼女は恋愛小説を持って固まっている俺に、なにやら嬉しそうに話しかける。
「ねぇ、その本好きなの?」
「別に……」といって本を閉じると彼女はクスっと笑う。
「本当に?」
「な、なんだよ。こんなことで嘘ついても仕方ないだろ」
そういうと、彼女はまたクスクスっと笑った。
「じゃあ、その図書カードの名前、君じゃないんだね?」
逃げ場のない、核心を得たような質問だった。 本に挟まっている貸し出しカードの事を彼女は言っているのだろう。
カードには借りた人の名前が羅列されていて、俺の名前ともう一人の生徒の名前しか書かれていないことは知っていた。だが、彼女にそれを指摘されたことに意表をつかれ、わかりやすく動揺する。
「なっ! こ、これは、その」
焦っている俺を見て、今度は口を手で隠しながらも彼女は大笑いした。
「あははは、やっぱり、図星でしょ」
「べ、別にいいだろ?」
「あー、ごめんね。怒らないで。
私もその本好きなんだ」
「えっ? それじゃあ……」
「そう、カードに書かれているもうひとつの名前、私なの」
「そ、そうなんだ」
こうなることが、偶然なのか必然なのかはわからない。
平行線を辿るはずだった、俺と彼女の人生はこの本によって交わる事になった。
「その本いいよね、主人公の不器用さっていうのかな。セリフが凄くダサい感じもなんかいいなって思う」
ダサかったのか。
いつか好きな人ができたら使おうと思っていた俺は、気づかれない程度に気分を落ち込ませた。
「でもその本で何より好きな所は主人公の男子が彼女と一緒に生きてるとこ」
正直意味はよくわからなかったが、俺はとりあえず、相づちをうって気になる部分を質問した。
「ふーん、この本を読んで一緒に生きてるって思ったことなかったな。
恋人どうしなんだから一緒になるのは当たり前だろ?」
彼女は「そうかもね」と言ったあと窓の外の夕日に顔をむける。
「でも、当たり前ができない人もいるよ。
私ね、季節を知らないんだ」
「季節をしらない?」
「そう、春夏秋冬をしらない」
「意味を知らないってこと?」
「うーん、常識として季節があるのは知ってるけど、体感したことがないっていうのかな…
夏の暑さも、冬の冷たさも、秋の切なさも、春の新しさも全部」
「それって、十分知ってるとおもうけど」
「これは、本で知ったにわか知識。
私が見る景色はいつも窓からだから……」
「…………」
病弱な彼女はいつも入院していて、ほとんど外には出られず病室からの風景しか知らないのかもしれない。
そんなことをぼんやりとかんがえる。
俺は空気を変えようと咳払いをして口を開く。
「オホン、学校の近くに公園があるんだけど、そこは桜もあるし、紅葉の木もあるから今度行ってみるといいよ」
「えっ? それって、誘ってる!?」
「妙な理解の仕方するね。
俺は行ってみるといいって提案してるだけだよ」
「なーんだ。じゃあ、提案した責任とって君が今度連れてってよ」
「なんの責任?まぁ、公園に行くくらいなら気が向いたらいいよ」
「やる気のない君の気が向きますように」
わざとらしく手を合わせる彼女に他人事のような口調で答える。
「祈るなよ。でも、その願い叶うといいですね」
「かなうよ。絶対」
へへっと笑って彼女はその日から図書室にこなくなった。
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