彼女は季節を知らない

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決まった時間、決まった路線、そして、決まった場所。電車に乗り、ドアにもたれかかって同じ景色を見ながら学校にいき、変わらない友達と話し、変わらない学校生活を送り、1日を終える。  いつもすることは同じ、代わり映えのない日常。  こんな生活が嫌な訳ではないが、まだ十代の高校生という、人生で最も好奇心や可能性に溢れた時期にしては物足りなく、俺にはそれが退屈で、凄く無駄な時間に思えた。  そんな世の中の退屈な歯車のなかで、僕は彼女を見て、求めていたいつもと違う『変化』を感じた。  この出会いが運命なのかどうかは俺にはわからない。だが、今の退屈な自分の人生を変えてくれる。なぜかはわからないが、彼女を見たときそう直感した。  そんな彼女と出会ったのは、学校からの帰りに通る公園だった。ありきたりな話しではあるが、出会う時は出会う、人生はなにが起きるかわからないという、これまでには感じなかった高揚感に、初めて人生への期待を感じる。見たところ歳は同じくらいだろう。  彼女は、ベンチで本を読んでいた。なんの本かはわからないが、俺がこの先読むことがなさそうな難しそうな本だった印象がある。夕日の赤い木漏れ日はまるで、彼女の気を引こうとするようにゆらゆらと揺れていて、反射した光の模様は彼女を半透明にして、景色に馴染ませていた。  彼女は絹のように艶やかな髪を風にまかせ、下を向いていてもわかるハッキリとした顔立ち、幻想的なほど白く、繊細さを思わせるか細い体で本を読んでいる姿は、妖美ともいえるよう不思議な魅力を纏っている。出会ってすぐに俺はそんな彼女に釘づけになっていた。  公園に並ぶ木々と同じように立ち尽くす俺に彼女は「なに?」と話しかける。  視線が本から離れていないのが幸いしたのか、緊張を胸に圧し殺して平然を装う。 「いや、俺もよくここにくるんだよ」 「だから?」 彼女の反応は当然だ。 彼女からすれば俺は突然現れて視線を向けてくる不振な男でしかない。 「だからって、それだけだよ」 「そう、なら私の方を見ないでくれる?」  本のページを静かにめくり、彼女はそう告げた。意思に反して、素っ気ないことを言ってしまうのは思春期特有なのかもしれない。  だが、一目見て目が離せなくなりました。なんて言えるわけもない。  なんとか会話を続けようと必死に考えたすえ、「その本」と発すると彼女は冷たく鋭い視線を向けた。 「なに?」 「えっ……」  あまりの剣幕に会話が於保ついた。 「い、いや、何の本読んでるのかなと思ってさ」  俺の発言で気分を害したのか、彼女は本を閉じて立ち上がると、そのままこっちを見ずに公園を後にした。  彼女と出会った次の日は雨だった。  好きだった雨も、今は公園に彼女がいない事を暗示しているようで、複雑な気持ちになる。  こんな雨の日に彼女はいないとわかっていながらも、濡れた地面に水を弾かせ、足取りを軽くして公園に向かっていた。なぜか俺は傘をささなかった。さほど勢いも強くないせいか、雨に濡れても不快感は感じない。  これも、彼女の影響だろうかと濡れながら想いを滴らせる。公園に向かう道中、見覚えのある姿が目に入り、鼓動が早まる。  それは昨日みた彼女の後ろ姿に思えたが、雰囲気がどこか違っていた。  その女性は、綺麗な白い花を持って、公園の手前の角を曲がり、姿を消した。  曲がった時に見えた横顔はなんとなく彼女に似てはいたが、彼女ではなかった。  公園に向かって再び足を進めると「ちょっと」という声が背後から聴こえる。  無機質で抑揚のない声は雨の間を通りぬけて、真っ直ぐに届く。  沈みかけていた心音は勢いを増して、強く胸をたたいた。 今度は間違いない。 彼女の声だ。  鼓動を小雨のように静かに落ち着かせて、声の方へ振り向くと、彼女はそこにいてくれた。 俺を見るその表情は明らかに嫌悪感を抱いている。  俺は言い訳をするように、慌ててここにいる理由を考えていると、彼女は鋭い目付きを向けて口を開く。 「なんでここにいるの?」 「いや、これは学校に用があって、帰りにたまたま通っただけで」 「…………」  さすがに無理があったのか、彼女の表情は冷たく、変わらない。  湿気った空気に気まずさを覚え、俺は嫌われる事を覚悟して「ごめん」と言って下を向く。  濡れた路面に反射する自分の顔が情けなく、素直になれない歪んだ自分を映しているようだった。 「なにが?」 「君からすれば俺が付きまとってるって思っているんだろ?」 「違う?」 「そう思わせたんなら謝るよ。   でも……」 「でも…… なに?」  俺は息を深く吸ってわざとらしく吐き出した。  この行為にとれほど効果があるかはわからない。一歩踏み出すための口実になるなら。そんな気持ちだった。  そんな俺の様子を見て彼女はさらに不信感を強めていく。  どうせこのまま嫌われるなら。  自分の感情を抑えつけてきた真っ白だった世の中で、なにも書かれていないキャンパスのような人生に彼女の色が足された。  もう知り合う前には戻りたくない……。  そんな思いが、俺の告白しようと決める。  やけになったと思われればそれまでだが、このまま彼女に不審者として思われるならフラれて全てを諦める方が彼女の記憶にも残ってくれる。 「あのさ、正直にいう……。  自分でも不思議なんだけど、俺は君の事をよく知らないはずなのに、一目見てから気になってて、できれば…… 君と仲良くなりたいんだ」 「なにそれ? 告白?」 「そ、そう思ってもらってもかまわない」 「じゃあ、きくけど、私のどこを好きなったの?」 「え?」  戸惑う俺の反応を見てから、彼女は呆れたようにため息をついた。  視線を下げ「もう、かまわないで」と言って俺の横を通り過ぎる。  気持ちを伝えようとする想いがつい声になり、彼女を引き留める。 「もし、俺にチャンスをくれたら、君も絶対好きになるよ」 「は?」 「俺はその君よりもっと君の事を好きになる。何があってもずっと君より好きでいつづける。約束する」  立ち止まってはくれているが、彼女は背中を向けたまま、黙っている。  俺は「やっぱ無理だよね。ごめん。もうこの辺には来ないから…… それじゃ……」そう言って帰ろうとすると、彼女の背中が小刻みに震えている事に気がつく。  不思議に思いながら様子を見ていると、彼女は我慢できなくなったように吹き出して笑った。 「プッ、ハハハ、なにそれ、意味わかんないし。なによりダサいよ」 「は?」  なぜか自然と口から出た告白は後悔を加速させて、俺は死ぬほど恥ずかしくなっていた。  でも彼女は初めて俺の前で笑った。  首もとから拐うような風に、季節の変わり目を感じた。路面の端に添えられた木々の下は大人びた紅葉が地面を赤く染めている。  季節の移りが変わっても、本を読んでいる彼女の姿は色を変えず、始まりを知らせたあの日と同じように感情を高ぶらせた。  寒さが肌を弄び、一ヶ月前の新緑の温もりが恋しくなった頃、彼女の方から公園に来て欲しいと言われた。  それは突然のことだった。  彼女の気持ちの変化なのか、気まぐれなのかはわからない。  それでも俺は、距離感の変化を感じて嬉しさが滲み、自然と口角が緩んでいた。  公園の前につくと、彼女はいつも通り本を読んでいた。彼女の姿は、殺風景な公園で白くフワリと咲いた花を連想させ、目を奪われる。  少し緊張しながら公園に入ると、彼女は視線を本に落としたまま口を開く。 「遅い……」 「ご、ごめん」 「遅れたのになんでニヤついてんの?」 「に、ニヤついてねぇよ」  むきになって言い返すと「あっそ」と言って無愛想に答える。  俺と彼女の関係は一ヶ月前に告白をしたあの日から、変わったように思う。  告白をした際、交際はできないときっぱり断られたものの「暇潰しの話し相手としてなら……」と困った表情を見せながら、公園に来ることを承諾してくれた。  もしかすると、本当にただの暇潰しかもしれないが、それでも俺はきっかけを与えてもらえたことが嬉しかった。  今は『これから』を妄想して浮かれる幸せな日々を満喫している。  あの日から毎日公園で彼女に会った。  会話はいつも通り、あまりない。  挨拶だけの日や視線が重ならない日もある。  彼女の中では不審者から知人になったくらいの認識なのだろうか。  冷たさの残る態度は変わらないが、それでもよかった。  これから彼女の事をゆっくり知っていけばいい。  そんなふうに考えていた。  俺はブランコに乗って、揺れながら彼女に質問する。  まだ、隣に座る事は許されていない。 「なぁ、お前はなんでいつもこの公園にいるんだ?」 「…………」 「今日は、俺になんか話しがあるんだろ?」 「…………」  少しの沈黙を経て、唐突に開いた彼女の口から出た言葉が冷たい秋の空気を感じさせた。 「私……、死んでるの……」 「え……?」  彼女の言ったその言葉は、空中をさ迷うように行き場をなくす。
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