「行ってくれないか? 地獄へ」

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 サンライズが支部長室に突然呼びつけられたのは、八月に入ったばかりのことだった。  それが恐るべき試練への第一歩だとは、その時の彼は知る由もなかった。 「失礼します」  ドアを開けて軽く一礼し、サンライズは足を止めた。  室内が目に入った途端、あまりの人口密度に軽くめまいをおぼえ、つい一歩後ろに下がる。 「入ってくれ」  MIROC(マイロック)東日本支部の支部長室、まん中の応接テーブルまわりには、五人もの男がひしめくように座っていた。  ドアに一番近い場所に、丸椅子がひとつ空いていた、そこに促される。  対面には、部屋の主である中尊寺(ちゅうそんじ)支部長がいつものごとく穏やかな笑みを浮かべて座っていた。  左側に二人、本部の人間が居る。  なんと本部長の徒歩原(かちはら)と、本部技術部長の中川だった。  カチハラが小柄でナカガワがやや大柄。本部のデコボココンビは表情まで対象的だ。  カチハラが期待を込めた目でサンライズを見たのに対し、ナカガワは気難しい顔でそっぽを向いている。  右側の奥には支部の技術部長・ポチこと(すげ)、その脇には見知らぬ若い男が座っていた。日本人ではないようだ。  スゲは四十そこそこで童顔(犬顔とも言われている)なので若く見えるが、脇の男は更に若そうだ、三十かそこらだろうか。  ざっと見渡してからサンライズは席につく、そこで、目の前に置かれた一枚の写真に気づいた。  中尊寺支部長は、さすが『仏のチュウさん』と呼ばれているだけある。  いつもサンライズに任務を告げる時と同じく、穏やかな口調でこう切り出した。 「今回お願いしたいのは、まずは彼の救出だ」 「誰ですか、これは」  サンライズはやや目をすがめて写真を取り上げる。  見覚えのない顔だった。  カチハラ本部長が、上目づかいに顔を上げ、言いにくそうに答える。 「本部技術部の特務課、ジャカード・チームのリーダーだ」  なぜ本部長みずからここに?   サンライズとしては、まずはそれを訊きたかった。  しかも、本部長の脇にむっつりと座っているナカガワ。  この男まで来ているとは。  本部と東日本支部との技術部どうしは元々あまり仲がよくないが、この男は特に、支部の技術部はおろか支部そのものに嫌悪感を抱いている。  まあ、本部内でも煙たがられているらしいので、単なる性格の悪い他所のおっさん、というのがほとんどの支部連中の評価ではあった。  大昔、ナカガワと中尊寺は特務としてチームを組んで活躍していたらしいのだが、今ではナカガワ、中尊寺のことも微妙に避けているように見える。  そしてなぜか、ナカガワはサンライズのことも激しく忌み嫌っている。  会うたびに目つきや態度でそう告げてくれるのだが、今日はまず、すぐ近くに座るサンライズを見ようともしない。  なぜナカガワまで付いてきているんだ?  それにポチの横にいるのは誰だ?  他にも訊きたいことは色々あり過ぎた。だがサンライズ、ぐっと呑み込んで、とりあえずこう尋ねる。 「その彼は、今どこに?」 「静岡と山梨との境、富士山に近いとある施設に」 「場所は、分かっているんですね」  サンライズは、また写真に目をやった。  写真の中から、えらの張った四角い顔が自信ありげにこちらを向いている。  自分よりかはずっと体力も気力もありそうだ。  そんなヤツが救助を必要としているというのならば、ヤツよりもタフな連中に頼んだ方がよさそうなのに。  なぜ、俺が? そう言いたいのをこらえて、また訊いてみる。 「拘束されているんですか? 刑務所みたいな所に?」 「まあある意味、拘束には違いない」  本部長が渋々答えた。 「彼が入っているのは、宗教団体『ナチュラル・マインド』の教育施設だ」  その後の話がどう展開するか、何となく予想がついてサンライズの二の腕に軽く、鳥肌がたった。
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