「行ってくれないか? 地獄へ」

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 ナチュラル・マインドは三年ほど前から全国的に信者を増やしてきた新興宗教だった。  教祖は三重県出身の照代川(てるよかわ)(こう)、現在の信者数は約八千人。 「警察は特に宗教関係に神経を尖らせているが、それでもここはまだ『優しい』宗教だという思い込みがあった」  それでも、事件はいくつかあった。  信者が急激に増えた三年前、タレントの五十公野(いずみの)カレンが事務所から失踪した。  学園ドラマ収録中の出来事だった。  数日後、代々木のナチュラル・マインド第三道場にいるのをマネージャーたちが見つけ、連れ戻そうとしたがカレンは激しく抵抗、警察まで呼ぶ騒ぎとなった。  結局彼女は「汚れた芸能界という世俗から脱するため」道場を離れないとマスコミの前で宣言し、それ以来行方不明となっている。  下世話な話では、二十歳を過ぎた五十公野が、高校生役なんてイヤだとゴネただけだとも言われたが、どちらにせよそれきり表舞台から消えてしまったのは確かだった。  他にも、この教団に資産家たちも多く入信したが、彼らの土地財産がいつの間にか教団の所有になっていた、という話もちらほら出ていた。  親族が訴えても、本人の意思で贈与されているものがほとんどらしく裁判にもなりにくいらしい。  入信した人々は、全国に散らばる手近な道場に通いながら教義を学んでいくことになっているのだが、もっと信仰を深めたいという者は、静岡県と山梨県との境に近い富士山のふところに抱かれた教育施設『富士山麓(ふじさんろく)昇浄(しょうじょう)センター』に入所し、数週間から長くて二年ほど、更なる魂の浄化のためにそこで修行するのだという。  そのセンターは教団の本部も兼ねており、全国を飛び回って多忙な教主・照代川晃に代わり、副教主の光世川(みつよかわ)(かい)がセンター長として常駐しているという話だった。  ジャカードは、施設内の様子を探りながら最終的に内部資料を持ち出すべく、その教育施設に『修行希望』ということで潜り込んだ。  潜入捜査を得意とする大ベテランだったという。 「それが、三ヶ月前の話なんだ」   カチハラ本部長の口調は相変わらず重々しい。  表情も、ニックネームの『ドルーピー』らしく、しかめっ面のままだ。たるんだ頬までドルーピーそっくりだった。 「予定では、調査は四週間で終了という話だったんだが」  遅くても一ヶ月を過ぎた時にいったん外に出るという事になっていたのだが、いくら待っても連絡がこなかったのだと言う。  一ヶ月に二度まで、信者の申し出があれば家族や知人の面談が許可されているのだが、一ヶ月が過ぎても面談の連絡が来なかった。  家族を装ったスタッフが電話をして会いたいと申し出ても、信者本人が会わないと言っているので、とやんわり断られてしまった。  それ以来、連絡が全くないのだそうだ。
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