「ピアス開けてくんない?」

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 ジャカードは、駅前に貼られていたチラシを見て、まず近くのセミナーに申し込んだのだそうだ。  そして、セミナー終了後「瞑想法を深く学びたい」と言って富士山の短期合宿にも何度か参加した。  一般的にはごく普通の入信パターンだった。  その他には、こんなものもあった。  問題行動を起こして迷惑ばかりかける人間を家族に持ち、対応に苦慮した人びとが、教団が無料で行っている街のよろず相談に話を持ちこむこともあると言う。  当事者をどうしても家には置けないが、世間体もあって病院には入れたくない、という話になるとそのまま寄宿舎に預かってもらい、宗教の力で何とかしてもらおう、という例もあるらしかった。 「今回は、家族を使うか……」  サンライズ、シナリオを頭に描く。  入信予定者は、アオキカズハル君、三十四歳。  若い時から素行が悪く、窃盗や暴行など軽犯罪を繰り返している。仕事もトラブルを起こしてはすぐに辞めてしまう。  結婚はしたものの、女房に暴力をふるう、弟の所にひんぱんに借金をする、等々。  女房と弟が、弱り果てて教団の相談所に行く、という設定にしてみた。  女房役は庶務課から一人、元劇団員だったというテイちゃんを頼んだ。  弟は、ルディー。相談時と宿舎に入ってからの面談の際には、少し変装が必要だろう。  他にも、自分の心を強くもっていられるのか、実はそこが一番問題だ。  洗脳されてしまわないだろうか?  正体がばれて、どこかに押し込められてしまわないだろうか?  心が折れてしまわないだろうか。自分を見失わずにいられるのだろうか……  さんざん悩んで考えた末、サンライズは作戦課に電話を入れた。 「サンちゃん、仕事に入るんだにゃ?」  作戦課副主任の八木塚、通称メイさんが出た。のんびりした口調だが、切れ者だ。 「うん、用意頼む」 「待って、メモする」 「いや……一個だけだよ。あとは手ぶらだってさ」 「あらやだ。何用意すんの」 「ピアス、開けてくんないか? ひとつ」 「はぁ? どこに」 「耳だよ、左でいいや」  全然関係のないスタッフに、フリの入団希望者を装ってもらい、宿舎事務に問合せをしてもらっていた。  あのー、合宿参加したいんですぅ。持ち物は、何要りますか? あとぉ、ピアスつけてるんですけど、それと、タトゥーも少し。これって、そちらに入る時、取った方がいいんですよね~?  すると事務局の女性が明るく言ったそうだ。 ―― いえ、当教団はピアス、タトゥーの類は特に禁止されておりません。あまり華美なものでなければ、お気にせずにそのままおいで下さい。ただし、その他の私物は下着と筆記用具以外は一切必要ございませんので。  メイさんの声にはっとなって、サンライズは受話器を持ち直す。 「ピアスはこっちで用意しとく? 特注?」  受信機などの仕掛けが必要か、という事だ。 「いや……最初から怪しまれたくないし。ごく普通の。ただのシルバーがいいな」 「チタンの方がいいかもよ。石はつけにゃいの?」  ちょっと待って、と送話口をふさぎ、たまたま出動しようと立ち上がったボビーを捕まえて「ねえちょっと……」小声でごにょごにょと聞いてみる。  ボビー、けげんそうな表情をしながらもすぐに答えてくれたので、今度は電話に向かい 「トルコ石にして。でも小さくしてくれよ」  と伝える。メイさんは、ははっと笑った。 「オシャレ。準備できたらまた連絡する。つけたら見せてにゃ」 「やだよ」  ケーチ、了解、と電話が切れた。
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