夜叉の恋

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やがて、冬が過ぎ春が来た。 ある日、やんごとなき御方の一行がお忍びで楡磋のいる屋敷を訪れた。 「こんなところに屋敷の離れがあったのか」と、驚いて、応対に出た楡磋を見て、やんごとなき御方は固まった。 「あの……?」 「なぜ、屋敷の母屋ではなく離れに住んでいるのだ?」 聞かれて答えるしかなく、鬼が寄って来てしまうためと家族に危害が及ばないようにと事情を話すと、 「それではあまりにも不憫だ。わたしの屋敷へ来なさい。どんな鬼からも守ってやろう」 「それは……」 「この辺りには人喰い鬼が出ると聞く。そんな場所にひとり置いておくことはできない」 やんごとなき御方は有無を言わせず、楡磋を自分の屋敷へと連れていった。 「業平さまは、あなたに一目で恋をなさり、すぐに使いを出してあなたのお父様にご結婚の承諾を取り付けられたのです」 「え?」 お付きの人の言葉に驚いた。 まさか、そんな。 「ご結婚の儀は七日後と、」 「ま、待ってください。本当に父が?。それにわたしは」 「やんごとなき御方からの縁談の申し入れに異議を申す者はおりません」 結婚? わたしが……それも七日後に? 頭の中に夜叉の笑顔が浮かんだ。 わたしは、夜叉が─── けれどそれは叶わない。 鬼と人は決して結ばれない、結ばれてはいけないのだから。 他の鬼から守ってくれた夜叉はきっとこの先、同じ鬼族の女性と一緒になるのだろう。 少なくともわたしじゃない女性と。 「夜叉……」 夜叉を思うと心が痛かった。 結婚は七日後。 夜叉に最後にひとめ会いたいと思った───
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