夜叉の恋

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夜叉は涙が溢れた楡磋を抱き抱え、腕の中のその温もりは消えていく。 大切だと気づいた途端に失った魂が抜けたくちびるにそっと口づけた。 「…起きろよ」 息を吹き込んでも応えない。 初めてのくちづけは冷たく凍えてく。 冷たくなる骸を抱き上げて、夜叉は固まったまま動けない業平らの前を歩きだす。 「待てっ!……わたしの花嫁を、返せ」 絞り出された声に夜叉は振り返った。 「こいつは俺の花嫁だ。髪一筋も渡さない」 そう。 黄泉の国へと旅立っても渡さない。 夜叉は背を向け、そのまま自分の屋敷へと連れ帰った。 頬に触れてもくすぐったそうに笑わない。 黒曜石のような澄んだ目も開かない。 それが悲しくて胸が苦しくてたまらない。 『夜叉』と呼んでくれた鈴のような声をもう聞けない。 二度と逢えない…… この世に魂がないなら、俺が黄泉の国へ行って連れ戻す。 取り戻すためならどんなことだってする。生き返るなら何を犠牲にしても構わない。 たとえ、自分がどうなろうとも。 「今すぐ迎えに行く……」 それは禁忌。 黄泉の国から連れ戻せるのは万にひとつの賭け。 それでもいい。 可能性があるならそれに賭けたい。 夜叉は鬼の爪で自分の胸を引き裂いた───
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