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間もなく七都は、目的の場所に降り立った。
瞬間移動や空中飛行した、というのではなく、テラスが勝手に近づいてきた――そういう不思議な感覚だった。
何もない空間に突き出した、幻想的な白い建物。
重なり合うアーチ。滑らかな石の床。どこにも降りられない階段。
テラスの背後には、ラベンダー一色の透明な空。
美しかったが、奇妙な空間だった。
羽根を持つ、妖精か天使のために作られた場所。
そんな人間を拒否したかのような特別な雰囲気がある。
魔力というものを使える魔神族だからこそ、こういう建物がつくれるのかもしれない。
七都は、アーチの上から、下界を眺めてみる。
けれども、階段の下には、雲で出来た絨毯が広がっているだけだ。
風の都は、全く見えなかった。確かにこの下にあるはずなのに。
やはり人間だったら、恐ろしくて、とてもここには来られない。
ここから足を滑らせて落ちたりしたら――。
七都は、ぞっとする。
そして、自分が魔神族であることを思い出して、胸を撫で下ろす。
たとえ落ちたとしても、魔力を使えば、無事に街のどこかに降りられる。
あるいは上昇して、また戻って来られる。瞬間移動にしても、空中飛行にしても。
それは間違いなかった。
たとえ、まだ魔力があまり使えない七都でも、それくらいなら出来る。
七都は、アーチから石の床へと移動してみた。
体が軽い。まるで幽体離脱したときのようだ。
ふわふわしていて、つかみどころがなくて、少し不安も伴った、不可思議な状態。
何だろう、この感覚。
私、ちゃんと生きてるよね……。
思わず自分の名前や、ここがどこか、そしてなぜここにいるのか。一通り、さっと思い出してみる。
雲で出来たような、白い美しい建物。
ここの雰囲気で、きっとそういうふうに思えてしまうんだ。
だってここ、天国のどこかみたいなんだもの。
何げなく、くるりと向きを変えた七都は、立ち尽くす。
七都のすぐ前方のアーチ――。
その壁にもたれかかるようにして、ひとりの少女が座っていた。
薄青のドレスに紫のマント。額には、宝石のはめられた銀の飾りが輝く。
長い漆黒の髪が石の床にこぼれて風でゆらゆらと舞い、彼女が着ている白いドレスの裾も、水の中で泳ぐ魚の透明なヒレのように、ふわりと広がっていた。
虚ろなその目は、闇よりも深い、黒の瞳。
その姿は、やはり天使か妖精めいていた。
あまりにも希薄な存在感。手を伸ばすと、たちまち消えてしまうかのような。
(いた。やっぱり、会えた。これ……過去の……残像?)
やはり、七都が推測した通り、ここにはそれが刻まれていたのか。
(この人……)
七都は、突っ立ったまま、少女の横顔を見つめた。
この風の都に来て、七都が初めて見た過去の残留映像――。風の城から落ちてきて地面に激突し、分解してしまった悲しすぎる二人……。リュシフィンらしき男性と、彼に抱きしめられていた黒髪の少女。
あの少女ではないのか?
ナチグロ=ロビンに、祖母が黒髪かと訊いたときから。そして、さらに先程サリアから、祖母が黒髪だったと確認したときから。
何となく感じ続けてきた居心地の悪い疑問が、もの凄いスピードで、七都の頭のどこかから駆け上がってくる。
(でも、ここにいるってことは……。この人……。やっぱり、私の……おばあさま?)
じゃあ、一緒に落ちたあの男の人は?
リュシフィン? おじいさま?
じゃあじゃあ……お腹の中の赤ちゃんは?
少女は、視線の定まらぬ、ぼんやりとした目で七都を見る。
その目は、七都を突き抜けてどこかを見ているのではなく、確かに七都を捉えて見つめていた。
「……誰?」
少女が呟く。
七都は凍りついたように、ただ呆然と少女を見下ろした。
見えてる……?
私を見てる……?
過去の残像なのに?
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