金曜日の猫と魔女

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「初めまして。私はひまりと言います。あなた、どなたでしょうか」  まさか、ひまりの方から話しかけてくるとは思いもしなかったのだろう。口をぽかんと開け、彼の黄色い瞳に住み着く黒が伸縮を繰り返している。 「……私の名前は、リク。もう今日の扉は閉まってしまいましたが、『逢魔刻(オーマガドキ)』からやってまいりました」 「お、おおまがどき……?」 「分かりやすく言うと、黄昏時です」  夜と昼。時間の区切りがなく、自由で黄色く浮いた刻。  もしかすると、彼は、ひまりが信じていた世界の住人ではないのだろうか。  ひまりは、ガシリと彼を両手で掴み、ベンチに座った。 「ぎゃっ……!」 「詳しく聞かせて!」  興奮して鼻息を荒げるひまりにリクが毛を逆立てプルプル震える。 「わ、私は、あなたに用があって来たのですから、どこにも行ったりはしません。だ、だから、離していただけませんか?」  感情が昂ぶると周りが見えなくなるのは、ひまりの悪い癖だ。  それを聞き、ひまりは手の力を緩め、そっとリクを離した。  リクが、ケホケホ咳き込む。どうやら、自身は、相当力を入れていたようだ。  咳がおさまり、彼が深まった息を吐き出す。ひまりの隣に移動したリクはこう話した。 「私と同じ魔がつく生き物が住むアチラは空にしか顔を出せず、存在しない世界です」 「でも、リクさんは存在しているじゃない?」  リクがシタンシタンと尻尾でベンチを叩く。 「ミスひまり。話は最後まで聞きなさい。存在しているのは、あなたが“世界”と“リンク”したからです。私たちの世界の表面をあなたはずっとなぞっていませんでしたか?」 「なぞる……? そんな難しいことはしていないけど、よく眺めてました!」 「それです。しかもあなたは、この銀色のおもちゃを使い、私たちに呼びかけた。存在しない世界は形を持たないものと結び付きやすくなる」  この楽器をおもちゃと言うだなんて、心外だなあ。  ひまりはそう思うが、ウキウキとした浮ついた心地の方が勝っていた。  届いたのだ。  ひまりの音が。  彼の言う、自身とリクを結びつけたものが、音であることは間違いなかった。  リクは、 「にしても、あなたみたいな人は、初めてです。あなたは何者ですか? まるであそこに世界があることを知っていたような……」  猫に眉毛はないが、眉間に皺を寄せている。  ひまりは、世界があるだなんて思いもしなかった。だから、彼が現れた時、驚いたのだ。  ひまりは、リクをもう一度撫でてみる。  この世界には存在しない姿形をしているが、トクトクと脈を打ち、温もりがそこに在った。確かに存在していた。  リクは、血の通う生き物であった。
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