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隣の席の喜多見くんは、休み時間中ずっとルービックキューブをしている。
最初は3×3×3のをしていて、いつの間にか5×5×5のに変わっていた。
「喜多見くん」
恐る恐る声をかけるけれど、返事はない。
喜多見くんと同じクラスになって数ヶ月。隣の席になって1ヶ月弱。喜多見くんと会話らしい会話をした事がない上に、喜多見くんが誰かと話しているのも見た事がない。必要最低限のを除いて。
「ルービックキューブ、面白い?」
続けて話しかけてみたけれど、やっぱり返事は返ってこないし、喜多見くんは手を止める事もない。
こうやってルービックキューブをしていても必要な会話にはきちんと返事をしているところを見ているだけに、私との会話は不要と判断されたのだろう。
答えてもらえないだろうな。と、分かってはいたけれど、実際こう無反応だとちょっと悲しくなってしまう。
「難しい」
「……へ?」
諦めて立ち上がりかけた時にポツリと呟かれ、私は中腰のまま間抜けな声を出し、目を見開いた。
難しい。まぁ、でしょうね。なんて反芻しつつ、返事を期待していなかった為に次の言葉が出てこない。
私が必死に中腰のまま頭を回転させている間も、喜多見くんは忙しなく指先を動かしてキューブをくるくると動かしている。
揃ったと思っても、他を揃えようとするとまたずれる。変わって、変わって、並んで、また離れる。
言葉を見つけられないまま時間が過ぎて、チャイムが鳴った。
喜多見くんはルービックキューブを鞄に戻し、数学の教科書をめくり始める。
私も浮かせていた腰を椅子に戻して、前を向いた。
『難しい』
私もそう思う。
心の中で頷きながら、次の休み時間に喜多見くんにかける言葉を探し続けていた。
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