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第1章 変わりたい!
なりたいものになる、夢を追い続けるのは難しい。それが例え、自分の好きなものだったとしても。
うちにもそんな経験があった。大好きな人に憧れ、始めたものが。やがて大好きになり、高みを目指したものが。
ただ、意外にも少しの傷だけで脆く崩れてしまうのだから本気と覚悟が足りなかったのだろう。
「えみみん、笑咲ちゃーん、えーみーみーん」
重い瞼を持ち上げると、赤いツインテールがあった。
「ごめん、寝ちゃってた?」
「うん、思いっきし。もうすぐホールに着くよ」
ほらあれ。指差す方を見ると、学園バスは百合ノ花ホールへの駐車場へと向かっていく。
「……広くない?」
百合ノ花生は常時無料のバスを降り、他の学生達と一緒に大きな建物に入っていくと綺麗なエントランスが広がっていた。エレベーターにホテルマンのような厳かな服を着たスタッフ、二階まで繋がっている螺旋階段。
「そりゃそうだよ。百合ノ花ホールだもん」
「昔の第一体育館じゃなくて?」
ちほちょんによると、旧体育館ではあったが、現在は地元民も使えるホールとして開放しているみたいだ。当時のセキュリティーや機能はそのままで、文化祭の文芸部発表会もここで開催するらしい。高い天井を見上げていると首が痛くなった。
「この学園、演劇部なんてあったんだね。それで、えみみんの先輩達はどこにいるの?」
「エントランスに行けば分かる、と言われたんだけど……」
入部届けの用紙にペンを走らせていた新入部員に「明日、春フェスがあるから良かったら観に来て」と部長が誘ってくれた。聞き慣れない音楽フェスのようなイベントの誘いで戸惑ったうちらに説明を加えたのが鬼灯先輩だった。
「乃音さんの言う『春季高等学校演劇発表会』は春に行われる演劇部の発表会です。この辺りは学校が少ないので参加校はあまり多くありませんが、如月さんや水瀬さんに演劇に触れてもらえるいい機会かと思います。春に行われる大会も春フェスと呼称されがちなので気をつけてください」
春フェスの詳しい説明に対し、待ち合わせ場所はざっくりしたまま解散だった。聞くのに大変な勇気がいるうちはさておき、同じくメモをとっていた水瀬さんはどう思っただろう。
演劇の衣装で目立つ、という意味なのかもしれない。辺りを見回すも、白、白、白のセーラー服で昨日会ったばかりの部長達は見当たらなかった。
その時、背後から誰かのため息が聞こえてきた。落胆といったものではなく、感動に近い。
「……あっ……」
入口から現れた白い少女。腕も脚もスラリと長く、小顔は握った手ほどという表現は言い過ぎではない。顎より短い髪が一本一本綺麗に揺れ、輝いている。ここにいる誰よりも存在感がありながらも、誰も近寄らないそんな不思議な光景だった。
「うわあ……、美人。あんな子見たことないね」
瞬きすら許されないような、それでいて歩く姿はゆっくりと見えて、彼女の周りだけ次元が違っているようだった。そんな魔法にかけられているなか、深海の瞳と目が合う。
どき、と心臓が跳ねる。当たり前や、偶然とはいえ、大勢の中で目が合ったんやから。うちはそう思っていた。それは勘違いのようで、水瀬さんは向きを正面ではなくうちのいる方に進んでいく。こっちに今日のスケジュールが載ったチラシがあるからやんな?
「あの人、えみみんに向かってきてない?」
ちほちょんの指摘は正しかった。他の者に目を留めず歩み寄ってくる。スローに見えた魔法は今のうちには効果が無い。速く来る。逃げられなかった。不思議と身体が動かない。まるで金縛りにあったように。
床一つ分残し、水瀬さんは足を揃えて止まる。睫毛が彼女の瞳を際立たさせ、薄ピンクの唇も艶プルだ。美しさの具現化とはこういう人を言うんやな。うちは見惚れていた。
「貴女よね、如月笑咲さん」
「あ、はい……」
まさかフルネームで呼ばれるとは思わなかった。しかも覚えていたのか。それでいて昨日と変わらない、涼やかな声。さっきとは別の意味で心臓が跳ねる。
「じゃあ、行きましょう」
反応する暇もなく手を握られ、心臓が一番大きく跳ねる。体温の高いうちよりもずっと低い。肌はしっとりと水分を含んでいた。
周りがザワついた感じもしたが、水瀬さんは周りのことなど気にせず半ば引きずるように歩き出した。ちほちょんが大慌てで助けようとしてくれるけど、運悪くセーラー服の波に飲み込まれていくのが見えた。
うち、どっかに連れて行かれるんやけど!?思ってたより力あるし!
先日の身体測定で六十をきってしまった自分を動かせる何をとっても正反対の彼女に開いた口が塞がらない。
「ど、こに……行くん、です?」
「入部したからには後輩として挨拶は欠かせないでしょう」
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