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第2章 彼女の気遣い
「如月ちゃん、おはよう!」
部活中に騒いだり、寝てしまい本当に申し訳ありません。温厚な先輩方に叱責されるのが怖くて口を開けないなんて、後輩として最低最悪。身震いのまま黙るうちに部長は微笑んだ。
「腹式呼吸してると気持ち良くてたまーに寝落ちしてしまう時があるんだよね。しかも昨日はなかなか寝付けなかったんだって?今度から気を付けてくれたらいいから、ね」
目覚めると一番初めに板目が目に飛び込んできた。寝落ちしてしまったうちは壁際に寄せられ、午前の活動中ずっと寝ていたことを時計で知った。
豆腐ハンバーグに温野菜など健康そうな弁当を食べる部長は「それにね!」とワントーン高い声を出す。部員の中では低音ボイスでも、女の子であることには変わりはない。
「水瀬ちゃんが運んでくれたんだよ。枕も毛布も用意してくれたんだよね」
驚きで素っ頓狂な声が出た。関西の血が流れているといえ、ツッコミの条件反射は無理に決まっている。
「一人でですか……?」
「うん。お……んぶして運んでたよ。仲が良いんだね」
「……仲が、ですか……」
ペア初日から前途多難で凸凹のうちらがそう見えるん?
外から関係を指されることはなかったため、疑問が浮かぶうちに鬼灯先輩がうちの名前を呼ぶ。眉間にシワが寄っていた。
「部活中に寝るのは言語道断。喧嘩するにも発言や場を弁えていただきたいです」
部長に反して無言を貫き通していた副部長は真顔だとやはり凄みがあり、うちの背骨一つ一つが氷粒になったようだ。鬼灯先輩の憤りは当然のことだ。
「ほ……んとうに、申し訳ありません……」
「ちょ、麗ちゃん……」
「ごめんなさい。今後は気を付けます……っ」
鬼灯先輩だから良かったが、即退部案件の失態だ。
「……因みに、乃音さんは今でも台本に読み仮名がなければそう読まないだろという読み間違いをおかします」
「……ん?麗ちゃん?」
「追っ掛けしてるアイドルの苗字すら間違えます。何ですか『あそびさ』ちゃんって。ゆさですよね。どう考えても」
「そ、それは墓場まで持っていくという約束じゃないかああ!!そりゃあ、萌奈ちゃんへのファンレター書く時に気付いたのは麗ちゃんだけど……」
「一番面白いのは……」
「もういいよ!?」
頭を上げるタイミングを見計らい損ねたうちに鬼灯先輩はもう一度うちの名前を呼び、「顔を上げてください」といって微笑を浮かべてくれた。
「人間ってそんなものです。完璧に見えても何かしら欠点があってそれを補おうと努力して頑張るんです。だから初めは『自分が何が苦手なのか、嫌いなのか』を確認してその都度直していけば大丈夫だと思います」
「でも……私は他の皆よりもとろくて全然ダメで……」
先輩に対しての口答えとしては論外。それでも現実を目の当たりにしたら言わずにはいられなかった。
三年生は顔色一つ曇らせず、寧ろ晴れやかに一年生に助言する。
「それでいいよ、笑咲ちゃん。何のための先輩だと思っているの?」
部長は胸を張った。
「先輩は後輩を助けてなんぼ!大事な可愛い後輩が何度失敗したって何度間違えたってカッコイイ先輩達が助けるし、練習にはいくらでも付き合うからさ。ここは部だよ?一緒に演劇を作り出すものだよ?一人じゃないからそんな気を貼りなさんな」
「スポーツのチームと一緒です。補い合うこともまた演技のチームだと私は思います。如月さんも部長の誤植にピンと来たら是非ぜひ。切磋琢磨しましょう」
どれが響くかではなく、言葉一つ一つがゆっくりとじんわりと骨まで響く。二度目で二人分の感情の波が押し寄せてくる。
素までいい先輩達やなんて……。
ジャージの裾で涙をゴシゴシと拭き取る。
ここに入部して良かった。絶対、成長してみせる。
胸の内に深く刻み込む。決して落とさないように。彼女らは息が整うまで弁当に手を付けていなかった。
「昨日の説明に補足をつけるなら、先輩や同期が助けない、気にしないということは皆無です。それでも行き届かないところはペア同士と考えていただけたら幸いですかね」
「ライバルと考えてもいいし!あ、でも、麗ちゃんは後輩に構い倒したいと思っているので水瀬ちゃんの出番は……いだい、ほっぺ!ほっれ!!」
自然体、あるいはおしどり夫婦と呼ぶのが正しいのか、痛がる部長に「飴は一つまでです」と甘やかす鬼灯先輩はやはり親にも見える。どちらにせよ、良いペアであることは間違いなかった。
『貴女がそんな中途半端なままだと先輩を否定することになるわ』
部長が大事にするペアの真意とうちらのペアでは別の形なのだろう。良いペアの図を見せられたとしてもまだ完全に理解した訳でもなければ飲み込めたわけでもない。
応援してくれた部長達を否定したくないのは前提にある。ただ、面倒臭い状況でもペアとしての責務を果たした水瀬さんに似合う相手になるには互いの距離感を縮めた方がいいはずだ。
だってまだ、うちらはルームメイトで同じ部員で、
『わたしは出来るわよ。貴女とならどんなことでも』
「わああああー!!」
突然の叫喚にホトトギスが宙高く飛び去っていく。昼食を再開し仰天した二人に、何事かとどこから現れたのか忍先輩達もその場に駆け付けた。自分の外部状況を認識するのが遅れたうちは心配させまいと全力で首を振った。変人の事実は消せないけど。
「あ、あの!その、水瀬さんはどこですかね?お礼言いそびれたので……」
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