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第2章 彼女の気遣い
なんとか誤魔化せて切り抜けたうちは体育館を抜けた廊下をうろうろしていた。
「そっちの方に行ったよ……とは言われたけど、どこにおるんやろ」
四十分後には開始することを頭に入れつつ、まだ続く廊下を歩いていく。生徒も大勢いて埃もあるはずが、体育館同様にピカピカ。上靴もキュッキュッと鳴る。
「ここら辺で水瀬さんに会ったんだっけ」
幅広い廊下の隅で頭を抱えていたうちへの注意。
「最初は白い妖精さんに見えたな」
妖精が降臨するわ、あっちへゴー、これはどーう?振り回されてかなり濃い思い出に仕上がった。
「通行の妨げになるわよって言われて〜」
春の風に髪がサラサラと揺れ、麗しいの言葉を体した子。彼女よりも少し長いおかっぱを触る。もう一方の手でエアスカートを持ち上げ、足をクロスさせ、胸を突き出して体を少し曲げてお辞儀。
なんかだいぶ変な感じになった。妖精でもなんでもないよな。
アニメや漫画、小説でもそういったキャラが一人はいるのに上手く体現出来ないとは。演劇部でのこれからが思いやられる。
「どうしてそこでポーズをとっているのかしら?通行の妨げになるわよ」
陽気な春が冬になる声。体制を慌てて整えようとすれば、おぼついた足元を取られぐらつく。体重とツルツルの床の相性は最悪だ。足首を交差したまま後ろ向きに倒れ、上靴が天井高く舞った。
いっ……たくない?
咄嗟に目を強めに瞑ったものの、暫く経っても全身に鈍痛はやって来ない。代わりに顔をぶつけ、ポリエステル生地の赤を薄目で確認。
ま、さ、か……。
誰かの脚と絡まり、また顔を生地にぶつける。やわやわふわふわな感触は明確。花の匂いに鼓動が速くなる。
ハーレムものでも少女ものでもみるハプニングイベントの一つ。何かが始まるきっかけ。
シャープな顎を目撃した途端、心臓が一時停止したんとちゃう?と勘違いをする事変に自ら回避した。
「沢山当たってしまって本当にごめんなさい!」
すぐさま離れて土下座をした。常識の範囲には収まりきれずに額を床へ擦り付ける。
「通路の邪魔をしてたことに関して?それとも」
仰向けから起きた水瀬さんが冷静に問う。たしかに行き違いが上乗せになった謝罪をは被害者に失礼だ。何より、誠意が届かない。
「どっちもです!そつなく熟す水瀬さんが凄くて……なのにう……私は全然で、初日だと分かっていても皆さんに迷惑ばっかり掛けるし、関係のない水瀬さんに八つ当たりしてしまうし、挙句の果てに美人を下敷きにしてしまい誠に申し訳ございません……」
謝っても謝り足りないのに、これ以上頭を垂れることが出来ないなんて。うちだって、あんなことをされたら距離を置く……器用さはないから建前で繋がり続けるだろうけど、嫌だ。
豹変ぷりに水瀬さんにどう受け取られてしまうのか恐怖心もないといえば嘘になる。今後を過ごす仲としていかがなものか、と自分自身にも呆れてしまう。
「失敗から学ばなければ、それこそ成長するものも進まないわよ」
床から顔を離した途端、額に鈍痛。今まで受けてきたデコピン史上のパワーに思わず悶絶した。破壊されてへんよな?
「立てる?ほら、わたしの手を掴んで」
コマーシャルで見るハンドモデル並の手を取るか迷ったが「無理かしら?」とさらに聞かれたらもう助けを借りるしかなかった。
足首の痛みと立ち上がる力で水瀬の手に乗せていた分よりも体重がかかってしまう。あ、やばい。そう思ったが、硝子細工な体はビクともしない。疑いたくなるほどに。
手助けのおかげですんなり立てると、今度はうちよりもさらに三十センチはあろう高さから視線が注がれ、耐えきれずにもう一度謝罪の言葉を口にすると息を吐かれる。
「ペアとして当然のことをしたまででしょう?貴女が不器用そうなのは一目見た時から察したから迷惑も何も」
「でも」
「さっきからマイナスな言葉ばかり使うわね。堂々とした人間になれる訳ないし、自身を過小評価する悪影響にもなる。誠意は伝わっているけど、太陽が昇る上を見なくては駄目。足元だけを気にしても自分が何処にいるのかすら迷ったまま。気を付けなさい」
独特な言い回しに触発され、漂いながらもうちは水瀬さんを見上げた。青の瞳は揺るぎもしない。
「互いの背中を押すのがペアの役目だとわたしは解釈している」
「背中を押す……?」
「ええ。泥の中に堕ちていく様子をただ眺めるよりも、一緒に崖を登った方が気持ちいいじゃない」
彼女の詩的な表現にハテナマークが浮かんでいた。反応が違っていたのか水瀬さんは目を閉じた。
「兎にも角にも、今後気を付けていけばいい」
「で……うん、あと、先に謝っておきます。もしかしなくても私、とろくさいので足引っ張るかもしれません。でも、追い付くように頑張りますから!水瀬さんが胸張って舞台に立てるよう、私も頑張って練習します!」
どんな風に劇に出演するのか分からないけど、うちのせいで水瀬さんが本領発揮出来なかったら嫌だし、契約に反するだろう。午後から頑張らなくては。
「……解釈違いね」
「か、解釈………?」
「ランチにしましょう。お腹減ったわ」
前後が繋がらない発言にも聞こえるが、時計は十二時十分を指しているので当然だった。
「あ、はい……あっ、私、お弁当が……」
何故、ここに来るまで弁当の存在を忘れてしまったのかはうちも謎である。サクラ寮特製の『のり弁当』は前日の午後九時までに予約しないと買えなかった。その弁当を見せられる。嫌がらせでは八割ないと信じたい。
「想定済みよ。わたしの持ってきたお弁当もあるから一緒に食べましょう」
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