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第3章 はじめて
「悩める後輩発見デーンっす!」
ぷにぷに。左右の頬をつつかれ、うちはテレビから顔を離した。
「忍先輩って先にお風呂入ったんじゃ……」
草原家では夕飯前に入浴するらしく、一番風呂をいただいてたはず。剥き出しの肩に濡れた毛がかかっていて、
「拙者、一時間前には入ったすよ?」
「一時間前!?ほんとついさっき……」
今だってほら地域密着情報テレビ放送してるやん。
しかし、番組はゴールデンのバラエティーに突入しており、若手お笑い芸人が爆発ドッキリにかかり、へっぴり腰になってる姿が地上波で流されていた。
「どうして頭が濡れてるんです?」
「ちょっとトレーニングにね。通常練習の時は中等部の子達が舞台裏やってくれるけど、普段はそうもいかないっす。拙者、小柄だから皆より鍛えないと!」
ピースの指の間接に出来たばかりの小さな豆がある。
横幅以外、見た目には殆ど差がない忍先輩の努力を目の当たりにし、うちは謝罪したい気持ちで一杯になった。彼女は率先して舞台装置を用意しており、階段早降りなら誰にも負けないスピードさがある。
「それで、なんかあったっすか?」
毛先から汗の雫をつくる先輩は扇風機を独占しない。首周りを髪が囲い蒸れて暑いだろうに。団扇を渡すと嬉しそうに受け取り、風を仰いでくれた。
「で、どうしたどうしたっす?このクールな忍お姉様に何でもどーんとっす!」
うずうずして堪らない様子の忍先輩はいつもの先輩で、期待の目を向けられてる。陰キャ故の拗れた見栄も不信でも何でもないけれど、お言葉に甘えた。
「忍先輩はどうしてシェリー先輩とペアになったのか知りたいです」
夕飯の当番は誰なんやろう?一つ野菜を細かく切り終えると、また次の野菜も同様に包丁で刻んでいる。心地良い音はすぐに終わる。忍先輩が音を出したのはかなり後だった。
「……あたしがシェリーの居場所なんだ」
「居場所?」
団扇の微風に緩んだ髪が右へ揺れる。長髪の悩みの種である毛先が割れていて、慰労するように忍先輩は親指で撫でてあげる。
「シェリーが留学生なのと拙者の家にホームステイしてるのは知ってるよね」
うちは頷く。シェリー先輩は小さな島から日本文化が大好きで去年留学してきたと話してくれた。部活終わりに仲良く帰っていくのをほぼ毎日見てる。
「半分嘘で半分当たりなんす、それ」
笑い声が静まり、緊迫したBGMが耳に入る。サスペンスドラマに切り替わったのだろう。
「家出同然でこっちにやって来たんすよ」
「家出って……」
直ぐに反応は出来なかった。ただ、単語を繰り返してでも聞かなければこの空気感は危ういものだと本能で感じ取ったのだ。
「島で一番……三ツ星ホテルの令嬢。シェリーは家と家族を……捨ててきたんだ」
ホテルの…令嬢?捨て……?
間髪入れず玄関の方から「ただいま戻りました」と鬼灯先輩と部長の声が聞こえ、彼女はお迎えをしに走っていく。「スイカっすか!?」の声にはハリがあり、元気百パーセントだ。
「お隣さんから西瓜の差し入れを頂きました。台所をお借りしますね」
「大玉だよ〜!あ、まだジュースとゼリーが玄関に残っているんだった。小松先生からドーンときたんだよね」
「拙者もお手伝いしますよ!スーイカスイカ、夏といえばスイカ!皮を漬物にしても、おいっしいよー!」
オリジナルソングを口ずさみながら忍先輩と部長は戻っていく。
「皿をお願いします、如月さん」
うちは頼まれるがまま鬼灯先輩についていく。捜索に翻弄するテレビの電源を切っておいた。
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