第4章 彗星の如く現れた

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第4章 彗星の如く現れた

「入部希望の方でしたか」 「はいっ」  本来の部室であるプレハブに戻ると、中等部の子達がお茶を沸かしてくれ、お礼を述べただけなのに黒子のように捌けていってしまった。ほろ苦い緑茶が内から温めてくれる。 「バレー部に所属されているようですね。当部は休日もありますが、両立の方は大丈夫でしょうか?」 「もちろんです。バレー部の方にも許可を得てますのでご心配には及びません!これでも体力あるんです」  ちほちょんは腕を掲げ、部長達に見せてみる。筋肉の盛り上がりはないけど自信満々な様子に部長は頷いて微笑む。 「可愛い女の子なら誰でも大歓げっ……」 「ちゃんとしてください」 「ごめんごめん。演劇部は個性がたくさんあった方が刺激し合えるからね!入部してくれて嬉しい限りだよ。よろしくね、ローズちゃん」 「ちほち……ううん。城ヶ崎さんです」 「ローズでいいですよ!コードネームみたいでかっこいいですし。キャプテン、副キャプテンにえみみんもよろしくね!」  ちほちょんが演劇部……。人懐っこさと華やかさを合わせ持つ彼女ならやっていけるはずだ。うちはピースする彼女にピース返しした。 「こちらこそ!ちほちょんと一緒に部活出来るの楽しみだよ」 「でも、乃音さん……」  鬼灯先輩が吃る理由も分かる。一連の流れでペアの事を一切説明してない。ちほちょんに限って軽蔑はしないと思うけど、初見はビックリするに違いない。 「大丈夫。今日からもう一人来るからさ」  部長の謎発言に首を傾げると、ガヤガヤ賑やかな会話が耳に入る。忍先輩とシェリー先輩と他に誰かいるようだ。 「拙者、いっちばーん。おはようございますっす!やっと帰ってきたっす」  来たばかりなのに帰ってきたとはどういうことなのか。最後の粉まで飲み干し、忍先輩がおいでおいでする相手を待った。 「忍ったら子供みたいにはしゃいで。元気があって好きだけど、僕、入りづらくなるよ」  ふわふわミルク泡のカプチーノ、二度目にしてそんな甘い感想を言葉にし、我に返るまで数秒かかった。 「えみみん、どうかした?」 「あっ、いや……。な、何にもございません……」  人違いではなかろうか?教室に足を踏み入れた人物は似ている。まだ真新しい記憶通りなら、寸分の狂いなんてない。謝罪案件の可能性があるので聞き耳は立てつつ空の湯のみに口付ける。口を窄めれば奇声を発することは回避出来る。 「ハルっち、止まってドウカシタ?グッドモーニング、エブリワン」 「おはよう。しのちゃんにシェリー、それから千遥ちゃんもお帰り。留学期間長めだったけど有意義に過ごせた?」 「久し振りです、キャプテンさん。はい、とても。芸術と歴史の溶け込みに感動を覚え、気が付いたら二年は経ってました。彼女らは新入部員ですか?」  垂れ目に泣きぼくろなんて微笑まれたら世人の心は鷲掴みだろう。現にうちが対象で、ドギマギする。 「そうだよ。こっちが今日から仲間となる城ヶ崎 千穂ちゃんで、その隣が如月 笑咲ちゃん。一年生だけあって彼女達潤いがあって最高だよね!」 「乃音さん……控えて下さい」  髪色と同色の瞳がうちを射る。優しげな微笑みをされているのに、餌にかかった獲物の状態になった。似ている、先生に。夢原先生とそっくりな女子高生がいる。 「如月……笑咲……」 「笑うに咲くで笑咲ちゃん!名前からして可愛いよね。二人とも、こちらが二年の柊 千遥ちゃん。彼女も部員なんだよ」 「初めまして、よろしくね」 「「初めまして」」  反応が同じでちほちょんは嬉しくて堪らない様子だったけど、うちは半分安心、半分残念だと思っていた。  なんや、うちの勘違いか。世界には似た人間が三人いるというし。憧れの人にそっくりやけど慣れへんと! 「ところで、キャプテンさん。僕のペア相手はーー」  ーーガラッ。うちの出会いはだいたい扉越しらしい。食パンを口に挟みながら角を曲がるヒロインを一度はやってみたいのだけど、どうやらうちのこれはそれに当てはまるみたいだ。 「失礼します、三分遅刻してしまいました。本当に申し訳ありません」  言い訳など一切せずに謝罪する姿勢はうちも見習わないといけない。にしても美麗だ。夏休み中にモデルの仕事を再開し始めたようで、会うのは久方振りだ。改めて彼女の白さに面を食らう。  よほど醜い表情をしていたのか、カリンちゃんはうちを見るなり目線を合わさないように背向けた。思いもよらない反応にショックが大きい。久々とはリセット機能があるようだ。  しかし、次の瞬間にカリンちゃんはうちと同じ表情になった。半年過ごした日常で目にしたことがないほど、アーモンド型の瞳が縦に開いている。 「チハル……どうしてここに……?」  感動の再会とは言い難い、戸惑いと警戒が滲む声色に表情。しかも彼女から登場した名前はあの夏の日、たしかに聞いた名だ。  喉を鳴らした笑い一つで、先ほどの印象とは真逆な空気感を千遥先輩は作り出した。いや、曝け出したの方が正しいのかもしれないと感じるのは鳥肌が立ったからだ。 「カリン、一ヶ月振りだね。日本で初めての夏休みは楽しめたかな?」  先月?寝言で呼んだ月とぴったりで不快に心音が響く。助けを求めてカリンちゃんを見るけど、彼女はうちの前にいる千遥先輩から目を離さない。 「わたしの質問に答えて」 「従姉妹なのに僕への扱いの酷さは相変わらずだね。僕の故郷は日本さ。この間、女の子と会いに来た癖によく言うよ」  頭上で何が起こっているのか、当事者の彼女ら以外は分かっていないみたい。背後にいるうちを覗くなり、羽軽い動きでやってきた千遥先輩に羽交い締めにされてしまう。え、殴られる?ほんのり渋めのコーヒーの香りがしたのと咄嗟に考えたのはほぼ同時だった。  チュッ。ハッキリと聞こえてくるのは耳裏に唇があったせいだ。でも、直にキスをされたわけではなく、上手いリップ音のみ。息が触れるだけだ。  それでもうちをびびらせるには充分な出来事だった。 嘘やん……。初対面の先輩に偽キス……なんで?耳裏!?しかも推し作家とそっくりな人に!? 「うわあい。カリンの狼狽えたとこ、やっぱりそそるものがあるね」 「貴女、意味分かって……」  その時、千遥先輩がどんな表情を向けたのか顔を横に動かせないうちは、カリンちゃんの遠ざかる背中を見つめることしか出来なかった。
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