第4章 彗星の如く現れた

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第4章 彗星の如く現れた

 一時間で解散し、チャットを退室する部員がいる中で一年と千遥先輩は残って欲しいと部長に引き留められた。 「しのちゃんもシェリーも、ああ言ってるけどちゃんと先輩として頼りになるからよろしくね」 「私の方からも代わりにお詫びします」  フォロー入れる部長達、うちとちほちょんが慌てふためくのを愉快に眺めるのは千遥先輩だ。リモート中も焼き菓子を食べながら見ていた。隣に座るカリンちゃんの従姉妹というくらいだ、肝が据わっているのかもしれない。 「うーん、謝罪のみ?面白くないなぁ、つまらないなぁ。時間の無駄になるから僕、退室してもいい?」 「いいわけないでしょ、千遥」 「えぇ……どうせペアの話でしょ?僕、カリンと組むからいいもん」 「ペア……?」  ちほちょんが疑問に思うのは大いに分かるとも。部長は瞼を擦り、副部長は咳払いをした。 「そのことなんだけど、千遥ちゃんはローズちゃん……つまりは千穂ちゃんと組んで欲しい」  瞬きを繰り返す千遥先輩、ちほちょんは「冗談ですよね?」と撤回を求めた。笑顔だけど声が震えている。 「水瀬さんと柊先輩は知人みたいですし、アタシとえみみんは大親友ですからそっちの方が上手くいくのでは?」 「ごめんね、ローズちゃん。うちの部は片方が卒業するまでは同ペアでやっていくんだ。信頼を深めるのもあるし、得手不得手をサポートし合えるのもあって……」 「それなら、アタシの方がえみみんを支えられます!運動が苦手なところはアタシが上手くやってのけてみますし、彼女の好きなものは全部把握しています」  ちほちょん……急にどうしたん?輪の中心で纏めることが得意な彼女はクラス委員長も務めている。気遣いも出来て頼れる彼女が感情優先で乱れている。 「さっき、草原先輩が失言された『選定カップリング』にも関係がありそうですね。いくら女子学園とはいえ、公私混同なのも恥ずかしくありませんか!」  剣幕に圧倒され、部長も鬼灯先輩も口を噤んでしまう。外から見たら至極真っ当な意見に過ぎない。未だに諸事情は知らなくても、うちらのペアは隠れて恋人ごっこを続けている。友人に否定されたようで、心が潰したトマトみたいに皮が剥け、ぐちゃぐちゃで苦しくなった。 「ペアの真髄は背中を貸しても、時にはその背を殴ってでも相手を落とすこと。城ヶ崎さんの言うのは籠の中で愛でる単なる自己中心的なものにしか過ぎないわ」  突然、カリンちゃんが口を出す。誰もが息を飲んだ時、女子にしては低すぎる「ハッ?」の音をイアフォンは拾った。 「リモートだと回線が途切れたりするものね。いいわ、はっきりもう一度言ってあげる。貴女の語るのは一般論……いや、ここの場では一部の解釈よ。理想だけを並べても現実には勝てず、見える大事なものでさえ見失ってしまうわ」 「どこがはっきりなの?御託を並べてばかりじゃない」 「あらそう?そこに関しては謝るわ。笑咲のご立腹な大親友さんに遠慮は必要無かったようね」 「もうそこまでにしなよ、カリンちゃん……」  親友とペア相手が言い争うことに耐えられず、乾燥した唇を噛みつつ言葉にする。怒りより疑問だらけだ。  なんで腹を立てて煽るんやろ。ちほちょんも分かりやすいちょっかいに乗せられてどうしたんかな。 重い空気を払拭させるといった、機転を利かせることは出来ない。二人を黙らせる要因にはなったようで部長が目配せしてくれた。 「……カリン、相当、笑咲ちゃんのことが好きなんだね」 嵐去ってまた嵐。事態は修復方向に向かうだろうと楽観的に思っていた矢先に爆弾級の発言がきた。 「僕が知る限り、カリンがそんな感情的になるのは食に対してだけだよ。人間離れした君が一人の女の子を愛すなんてとんでもないことだよね。隕石の雨でも降ってくるのかな?」  微笑から冷めた瞳に変わり、悪寒が走る。大好きなあの先生と瓜二つの先輩は舐めて味わうようにじっとりと画面を見つめ、またニィと笑った。 「壊しちゃいたいな」  恐怖で全身が総毛立ち、命の危機を感じた。鬼灯先輩のガン飛ばしよりも、カリンちゃんとの最初のキスよりも。まるで桁違いだ。 「千遥っ……!」 「柊!いい加減になさい。如月さんが恐がってるでしょう!……普段は害のない本の虫で作家志望の彼女ですから、読書家の如月さんとは話が合うかと静観していたのが落ち度でした。すみません。ほら、貴方も謝りなさい」 「あ〜、そっか。まだホウちゃんには伝えていなかった?」  骨まで冷えきり、両手を擦って温めても回復しない。はぁ、と息を吹きかけても熱はすぐに冷やされてしまう。 「夢原彩月としてデビューしてるんだよ、僕。ほら、今放送してるラビリンスの原作者なんだけど、知っているよね?」  肩に重石が積み上げられ、ガクンと体が崩れ落ちた感覚がした。画面に映る限り、彼女はここのメンバー全員に映るはずなのに悪魔の目付きはうちを標的してる。心臓の血液が体全体に行き渡るかの如く、徐々に凍り付いていく気がした。堪能して中から始末するように。 「と、というわけで、今日は本当に解散!お疲れ様でした。皆の帰宅後の時間を奪っちゃってごめんね。ゆっくり休んで冷やさないようにね〜」  部長の朗らかな笑顔とバイバイで回線は切れた。静まった部屋だと一層寒く感じ、心の氷化が進んでいく。  どうしよう、どうしよう。あれは否定なんかじゃない、殺す目だ。うち……うちはただ、憧れの先生を追い掛けただけで……、先日会った神様である夢原先生はもう存在しない千遥先輩……。従姉妹のカリンちゃんをからかい、でも、その先生は、その人は確実にうちを……。 「笑咲」  体温の低さを直に肌で感じ、心臓が本当に止まったかと思った。薄い皮膚がうちの手を包み、「怖がらせてごめんなさい」と、両手ごと彼女の口元へ誘われる。  手の角度を変えつつ唇に当てる。こそばゆい行為がキスだと自覚するには少々時間が必要だった。 「……はぁ……っ、ん……」  吐息が熱い。軽めのキスなのに息遣いが聞こえるだけで、悶々しちゃう。彼女は慰めてくれてるのに、足りない。うちは単純な女の子みたいで、カリンちゃんの愛撫に気を奪われる。唇はそこに当てて欲しいんじゃない。 「どうしたの?物欲しそうに見つめて」  十回を超えた辺りから数えられなくなっていると、唇を当てながら彼女は悪戯に笑う。 「ものほ……っ、なんか……」 「熱が生まれたばかりね。もっと……んっ、解放させてあげる」  独特の表現からまたキスに戻りはしなく、艶のあり肉質がある舌をちろりと出し、てろてろ。猫の毛ずくろいと思えば擽ったさで済むけど、唾液を零しながら舐め出されては変な気分になってしまう。こちょこちょにも耐性がないうちは二の腕で口を塞ぐ努力をした。 「苦手なのね」  大の苦手なんや!鳴き声が喉の奥から言葉よりも先に飛び出してきて何度も頷く。これじゃうちが猫みたいじゃないか。本能で必死にカリンちゃんから逃れたいがために身体が動き、口を塞ぐ腕が離れていく。 「ひゃ……っ!?」  自分でも聞いたことのない高音の鳴き声だ。宝を見つけたように彼女は手首を舐める。 「苦手なのはここ……内側の手首。知っているかしら、静脈が青く見えるのは錯覚によるものなの」  在処を示すために口付けられる。意識したせいか感度高めの波が足先まで走る。  うちの中、今、酸素が回っているんかな。心臓破裂する……死なへん? 「ほら、さっきよりもビクッとした」 「うちなんかにやっても、おもろくない……?」 「どうかしら。今は貴女を独り占めしたくて堪らないわ。反応、喘ぎ声、桃よりも赤らむ顔……どれも愛しく感じてしまう」  突然訪れた痛感に涙腺が刺激され、どんどん変態になっていくのを危惧した。  カリンちゃんのブルーアイ、やっぱり綺麗やな。うちが混ざったら汚してまう。  艶めかし雰囲気が漂っていて、飲み込まれる寸前、頭の隅に片付けた彼女が恋しく呼ぶ記憶を思い起こした。あんなに熱に浮かされ気味だった心が徐々に冷めていく。 「……カリンちゃんもちほちょんのこと言えないやん。独占欲のか、塊や……」  まだ舐め続けるカリンちゃんは離してくれそうにない。敏感になる感覚を必死に堪えた。 「ちほちょんはうちのことをたくさん考え……て、くれて、あんなことを……い、言ったんや。チキンガールなうちをくら、すでも見ている……からっ……」  今のうち、すっごい嫌な奴だ。否定されるのが地雷なのに、適当なこと言って彼女に嫌われたいなんて。 「あなたには千遥先輩がおるよね……?はっ、半年よりも長く過ごした従姉妹さんが……っ!あ、あと、女の子とで……デートいったみたいや、し……。うちのこと、腐女子ってバラしてもええから……!思ったことを口に出来へんって、笑い飛ばしてでもええから、やから、やから……!……もう……やめて………」  「やめて」が快楽と哀しみに溺れ、はっきりと発することはなかった。一息に言いくるめたおかげで二酸化炭素を荒く吐く。彼女は浮いた前髪を軽く直すと、白絹の毛は深い青を隠すカーテンになった。 「………いいわ」  ドクンと不快な心音を肯定するように、カリンちゃんは部屋から出ていった。彼女がそこにいたことが窪んだ跡跡から一目瞭然で、読んでいた小説は本棚に戻されている。  うちの嫌なことをした。うちもあなたに嫌なことをしたんや。これで契約は白紙に戻る。自身の不利も受け入れて対等な報酬になるだろう。生理的な涙が腕の上で転がり、噛み跡に染みる。窪みは直らないままだった。
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