第5章 告白

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第5章 告白

「待たせてごめんね……!」 「大丈夫だった?小松っちに叱られなかった?」  そういえばお咎め無しだったことに気付く。  職員室を出ると直ぐにちほちょんは腕を組んできた。うちより肌が黒く焼けている。  読書感想文での呼び出しだと伝えると、一緒に喜んでくれてハグされた。 「えみみんにも得意なことあったじゃーん!」 「ありがとう。たまたまでも、嬉しいよ」 「そんなことない!前のテストで見せてくれた読解力の欄も分かりやすかったし。難しいものを並べるより一目見て分かる方が頭使わなくて楽だよ〜。小松っちは独特な表現する癖に後はお前らで考えろーって放置するんだもん!」  頬っぺを膨らませるちほちょんが愛らしくて笑ってると、突然、彼女の歩くスピードがゆっくりになる。最後に時計を確認した時、昼休みは残り二十分しかなかった。 「あのさ、えみみんと一緒に弁当食べてもいい、かな?」 「うん。いいよ?あ、でも、今日お弁当持ってきてなくて……」  彼女は反対の腕に引っ提げていたエコバッグから二つお弁当を差し出した。どちらも赤色の風呂敷に包まれてる。 「わあ、作ってきてくれたの!?」 「えみみんの好きな物たっくさん入れたから、二人だけで食べたいんだ。……水瀬さんはいるの?」  遠慮がちに聞いた彼女に対して首を振る。カリンちゃんとは昼食は週末しか一緒に取っていない。朝夜もほぼ隣の席やからかな?いないことが分かるとちほちょんは胸を撫で下ろした。 「ごめんね、カリンちゃんがあんなこと言っちゃって……」 「ううん。アタシも突っかかり過ぎた。ただ、少し顔を合わせづらくて。部活ではなんとかやるんだけどさ」  それもそうだ。全員揃っていなかったとはいえ、あのメンバーの中で喧嘩をした。煽られて怒ってしまう、ちほちょんの気持ちは分かる。その比較にならないほど、うちはカリンちゃんを怒らせてしまった。半日も姿を見ていないのは久々だ。謝るべきなんかな……。  微妙な空気が流れ、ちほちょんが「あ、そうだ!」と明るく手を打った。 「部活がないしさ、放課後はどこかで楽しもうよ!えみみんのお祝いもしたいし」 「大袈裟だよ〜。それに、私、今日は寄りたいところがあって……」 「えー、まだアタシ達、どこにも遊びに行ったことないじゃーん。どっか行こ?行こ?」  なんだかんだ言いつつ、ちほちょんと二人で遊びに行ったことはまだない。それでも、何故、多忙なバレー部の彼女が暇なんだろう。この時期は春大会で忙しいはずなのに。  腕に頬をスリスリするちほちょんとエレベーターに乗り込む。誰も使っていないから気が楽だ。 「えみみん」  密閉した空間に二人。ボタンはどれも光らず、動く気配もない。隣に立ったはずの彼女が手を壁に伸ばした。赤色の目がうちを見下ろしてる。 「ちほちょん……?」 「えみみん。アタシ、部活辞めたんだよね」 えっ、と思った。既に演劇部を?一日で退部したことより、嫌な思いをさせたのではないかと不安になった。 「演劇部じゃないよ。バレー部、一ヶ月前には辞めたの」 「なっ……なんで!?ちほちょんのプレー、かっこよくてよく点を決めてて。エースだって……」  数回しか試合は見に行けてないが、彼女は本当にエースだった。敵チームのボールもブロックしていたし、レシーブだって完璧。コート上で汗さえもキラキラさせて、純粋にカッコイイと思えた。  苦々しく笑うちほちょんの顔がさらに雲がかり、視線を迷わせる。 「そういうところが、気に食わないんだって。同じ一年の癖に、自分たちよりも低学年の癖に、試合ばっか出ててずるい……って」 「だけど、それはちほちょんが頑張ってるからで……!」 「何をしても天才肌とかもって生まれた才能は〜とか。次第にボールが回って来なくなって、輪の中に入れなくなったの」  信じられなかった。ついこの間までほぼ一日中部員の子達といて、話すにも授業やスマホでのやり取りしか出来なかった。傍観者が加害者に転じ、仲間外れの雰囲気を加速させることもあり、辛さは計り知れない。ただ、彼女に対してもうちは『持って生まれた才能』と片付けてしまっていた部分があり、口の端がピクピク動いてるちほちょんに掛ける言葉が見当たらない。何を言っても傷付けてしまう。 「もう、悲しい顔をしないで?アタシ、えみみんの笑顔大好きなんだから。バレー部に関してはもう終わったことだからどうでも良くて、肝心なのは今」  頬っぺを両手で挟まれ持ち上げられる。うちの頬か彼女の指先なのかカサカサしていた。 「アタシにとって、大事なものは何かって考えた時、真っ先にその子が浮かんだ。友情ていう生ぬるいものじゃ収まりきれない、熱くて蕩けそうな親友以上の関係になりたい」  ちほちょんおっぱいが密着する。うちのより立派で、ふわふわだ。その奥にある心の臓がドキドキと速くなっていて伝染しちゃう。 「特効薬になる笑顔を一番近くで見てたい、可愛すぎる声でアタシの名前を呼んで欲しい。癪だけど、水瀬さんの言うことは最もで、えみみんを愛でたい。好きになって欲しい。……恋しちゃったってたんだ」  両頬を押さえられてるから逃げも隠れも出来ない。友達は熱ですぐにでも溶けてしまいそうな瞳をし、うちを恋人として待ち焦がれている。 「待って、ちほちょ……」 「ね、アタシの前でも方言で喋って?千穂って呼んで……」  方言は恥ずかしかったからちほちょんの前では封印しただけだ。渾名は噛んだとはいえ、喜んでくれたから使っていただけなのに。改めて変えるには違和感があってどうしたらええの? 頬を包んでいた両手はそのままうちの胸元に降りてきた。 「えみみんのおっぱいもかなりふっくらしてるよね。B……いや、Dくらいはあるんじゃない?」  笑いながら彼女はうちのリボンを意図も簡単に外した。最初、何が起こったのか分からず、自分とは違う指がキャミソールの薄い生地から触れたのをきっかけに自分が危機的状況なのを理解した。 「わあ。白のブラで目立たないと思ったら赤の花柄?奥ゆかしさもありつつ、派手なんてえみみんぽいね」  制止を口にするより早く、彼女は下乳を包むように揉みしだいていく。戯れるものではなく、好意を持ったそれ。 「アタシと同じくらいのおっぱいの子がいると分かって、嬉しくなったんだ。純情でドジっ子……。演劇部で全校生徒、全国に立ったら、釘付けになっちゃうんじゃない?」  いつもの、うちが知っている城ヶ崎千穂じゃない。ナカミを目の当たりにし、胸を揉まれてる状況では恐怖が心を覆い尽くす。 「お願い……千穂ちゃ……やめて……っん…」 「噂では聞いてたけど、アタシ達が見に行った春フェス、全国大会で主演だった二人はカップルになれるんだって」  春フェスで、カップル?忍先輩が零していた選定カップルとはそういう意味なのだろう。  谷間に彼女の顔が埋まり、リップ音が切なげに響いた。 「ペア変して、一緒になろ?皆が認めるカップルにアタシ達ならなれるよ」  うちより少し身長がある彼女が下から覗く。瞳は熱に溺れて光がない。恐怖に怯え、大事な友人を拒否することにも腰が引け、助けを口に出来ない。仮に呼んだとしても外に聞こえるのか、または肌が見えた状態だ。  誰か……。誰か、誰か……!!さらにセーラー服を脱がそうとする彼女に耐えようとしたら、全く動く気配のなかったエレベーターの扉が開き、昼の眩しい光が差し込んでくる。やだ、こんな姿を見られるのも嫌だ! 「あんれ〜、その赤毛は一年のローズちゃんに……如月笑咲ちゃんかな?」  声も髪もふわふわのコーヒーみたいな女の子。背後には凛と立つカリンちゃんがいる。ドクン。ごめ、あっ、あぁ………!       頭が安心とか困惑とかの感情が一気に押し寄せて大渋滞になる。じんじんする頬に冷たい雫が伝った。 「離れなさい、城ヶ崎さん」  何かを察したカリンちゃんは胸を堪能するちほちょんの首根っこを掴み、うちから引き剥がす。全身から力が抜け、お尻がぺちゃりと床に着いてしまう。 「貴女、常識をわきまえなくてどうするの!?」  カリンちゃんの声は怒りに震えていて、頭に血が上っている。トラブルが起きても真顔を崩すことがあまりない初めての表情のはずが、自分は今すべきことがなんとなく分かってきた。  息を整えなきゃ。勘違い……ちほちょんが、あぶ、ない。カリンちゃんが加害者に……なる……!  胸に拳を当て、呼吸。心臓が収まるまで時間がもう少しかかりそう。でも、焦るな。  顔を顰め、正義の鉄拳を構えた彼女を止めたのは意外にも千遥先輩だった。四人がエレベーターに乗り込んだのを確認すると、一番下のボタンを押した。 「これが綺麗な女子同士の醜い修羅場ってやつだね。僕、人生で初めて見たなー。純白の陶器人形に炎のハイエナ……うーん。なんて下らないんだろう。あ、そーだー!」  取っ組み合いながら睨む二人を無視し、マイペースに話題を変える。この人が本当にあの夢原先生なのかとまだにわかに信じたがった。 「今からデートしよう。てか、遊びに行こう」  チーン。扉の開いたずっと先、外にある門の前には出発しようとしていたリムジンが停まっていた。 「親睦を深めるためにも、彼女を共有するためにも。僕とカリンとローズちゃんに笑咲ちゃんのダブルデートを決行だぞ?」
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