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第5章 告白
高級車に乗る。人生で一度あるだけで充分過ぎた体験を終え、夕焼け色の外へ出た。春とは違った身震いする風が逆に心地良い。
「やーっと、遊び……デート出来ることだし、どこへ行くんだい?」
あのまま手を引っ張られ、空気に流されそうになった所に「単位捨てることになるわよ」のカリンちゃんの一言でうちらは午後の授業を放ったらかす怠慢は起こさなかった。解放されたことではしゃいでいる千遥先輩は、さっきまでカリンちゃんの背中に飛び乗ろうと跳ねていた。
「そうね。笑咲、どこか行きたい場所は……」
「えみみん、どこ行きたい?」
ああ、睨み合わんといて……。獅子と龍の戦いが始まりそうな予感がし、うちは咄嗟に指をさした。
「あ、あそこなんてどうかな!?」
彼女らの間、適当にさした人差し指はスポーツジムへ向いていて、バレないように上にズラす。
「ゲームセンター……メダルゲームからカードゲームまで多種多様なゲームがある宝島な場所……!いいね、僕もその案に乗った!」
かくしてうちら四人は、ノリノリの千遥先輩に押されてビルの三階に着いたのだが、余程遊びたかったらしい彼女に振り回されることになった。
「このプリ機は目か足を盛ることが可能なんだね。友人のモデルの子が何人か喋ってたな〜。よし、本当に雑誌のあの子達みたいに大変身するのか検証のため。両方やってみよう」
「メダルザクザク出てくる……。大金持ちになった気分だよ。え?カリンよりはもちろん稼いでるよ」
「このカードのイラストレーターに会って、一緒に食事するくらいには仲良くなったかな。あ、これとそれ、交換する?」
羽目を外した千遥先輩は今、ちほちょんと太鼓ゲームの三回戦目に突入した。一勝一敗で難易度の高い曲が続き、回りには観客も出来た。
「次はローズちゃんの好きな曲でいいよ?」
「先輩だからといって調子に乗らないでください!アタシに選曲させたのが運の尽きです!」
白熱した戦いにうちも手に汗握ったけど、肩を叩かれ集団の中から引き抜かれた。秋風にあたる前から冷たい手が包み、正体はすぐに分かる。
近場にあったシールプリント機の厚いカーテンを潜ると、中は空いてた。落書きコーナーでは何やら楽しげな声がする。
カリンちゃんは無言のまま、長財布を取り出した。ホワイトと真珠っぽい宝石がついた大人感が溢れるもの。私物からお洒落とはさすがだ。うちはもう趣味全開のがま口財布。
二百円を投入したところで、彼女は固まった。どうしたんやろ。ピン札の福沢諭吉さんが両目でうちを見てる。しかも、後ろに何人ものの彼がいる。
「ええい、ままよ!!」
硬貨二枚分が穴に入り、液晶パネルにスタイルの選択が出てきた。
「ままよって何かしら?」
初手の一言がそれなん!?いや、まあたしかに、不思議な言葉といえばそうだし、深く考えずに使ってたけども!
「『成るようになれ』みたいなニュアンスかな……知らんけど」
とか言ってる間にカウントダウンが五秒きった。まだ友達と撮るか恋人と撮るかのスタートラインなのに。
しかし、カリンちゃんがタップしたのはさっき皆で撮ったのとは違うモード。パネルに男女二人が手を繋ぐ姿が表示され、ほぼ同時にふくよかな女の子と全身スラリとした女の子が映し出された。
「笑咲、わたしの手を握って」
握れと言われてもパニック状態だ。白い照明のおかげで肌は綺麗に映るし、枠にもハマってる。それはいいとして、こ、恋人!?うちとカリンちゃんが恋人モードで撮る、思考がスタートを切れていない。
「………このプリクラで関係も最後でいいから。夢、見させてちょうだい」
カウントをとられ、彼女はすぐにうちの手を包んだ。物凄く冷たくなっていて、ぎょっとするほどひんやり。本当に冷え性とは違うんかな。
昨夜ぶりに再会したとはいえ、昨日を除けば会っていない期間が多すぎた。今までずっといた分、長すぎたんだ。紺碧の瞳は真ん前のカメラを見つめていて、ムードの欠片のない真顔さえ、誰が見ても美人な面をしてる。
狂ってしまう。いや、とっくにうちは狂わされてるのかもしれない。でも、ちゃんと知りたくない。普通の如月笑咲を演じていたい。嘘の演技でも上手く出来たら、カリンちゃんは安心して千遥先輩と一緒に舞台に立てて恋人になれて、夢原先生が描くようなハッピーエンドな人生を……。
『三、二ーー………』
耳の奥、記憶と心に刻み込まれた蝉の生を謳歌する鳴き声に逃げ隠れようとしたうちの泣き声を口で塞ぎ、彼女が紡いだ言葉。
『わたしは、笑咲の書いたバッドエンドを演じて、貴女に最大の幸福を贈りたい』
ーーああ、ずるい。嫌だな。
「………嫌や」
どす黒く汚れたこの思いが。過去にウブな兎と例えられたことがあるけど、うちはそんなんじゃない。
フラッシュが焚き、カリンちゃんがこっちに気付いた。今まで何の揺るぎもしなかった瞳が僅かに震えている。彼女の人生において、そんな瞳をさせたのは一体、何人おるんやろ。
「最後なんて、嫌や……。絶対に、嫌……っ」
口にしたら、涙が溢れてきた。繋がれた手の向きを変えて彼女の指と指の間に体温が熱い自分の指を通す。
『次は二人で大きなハートを作ってみよー』
雰囲気に全く合わない電子的な口調で説明が流れ、ハッとしたようにカリンちゃんは口を開く。
「……貴女は被害者なのよ。これはわたしが持ちかけた契約。
口約束だったけれど、内容に反した行動をして、傷付けた」
白く眩い光がうちらを包んだ。綺麗な彼女だけが写る分には価値のあるワンショットに、うちは距離を縮めて一瞬に飛び込む。
「カリンちゃんだって被害者やんか……。うち、謝ってばっかやから、何の誠意も見れんと思うし、自分勝手なんやから、毎回、貴女を傷付けちゃってて……」
フラッシュが二回続けて焚かれた。カリンちゃんが光に奪われてしまうんじゃないかと不安になったうちは、まだ離されない手を強く握った。
「ごめん、カリンちゃん……。うち、怖かった。貴女を不幸してると思ったら、一緒にいちゃダメやって思った」
反対の手で涙を拭くと、手首に貼ってた絆創膏が捲れて掠って痛い。
『次は愛を確かめ合うようにキスをしよー』
震えて大事な気持ちを落としそうな唇の周りを舐める。口内がカラカラするのに視界は歪んでいて、変だ。もう、変でええや。
「………カリンちゃんのこと、好きなん……。めっちゃ好き……。ごめ……っ、ほんまに好きにな、って……」
ぼろぼろ溢れ、上手く決められない。しゃっくりが上がり、ひいひいした声になっても「好き」「ごめん」が続く。この胸の内を上手く言葉にできないなんて表現者として終わってる。
「好きになったらあかんのに、ごめん……なさいっ。カリンちゃ……、他に好きな人、いん……のに、ごめん。身勝手やけど、伝えやなあかんて……思って……」
鼻水まで垂れ、泣き顔不細工な少女が写るだろう。それでも、うちは美しい彼女から目を背けちゃいけなかった。これがもし、最後だとしても。水瀬カリンに恋する如月笑咲の素を出さなきゃ意味がなかった。
「す、き……です。カリンちゃんのことが……。ほんとにダメやったら、ふ、ふ……って……?」
本当は、本当は嫌だ。この関係性に終止符を打つのはとてつもなく怖くて、震える足が今にも倒れそうで立ってられないけど、頑張って踏ん張った。絆創膏はもう濡れて機能してない。
『ボーナスターイム!あと一枚、特別に撮っちゃうよ!彼とのラブ甘な思い出をプリクラに残しちゃおう』
プリクラ機の明るげな音声に虚しさを覚える。
やっぱ、やっぱり無理やったんや。うちとカリンちゃんじゃ……釣り合わんしさ、絶対不幸にさせちゃうし……。
手首のじんじんがまたぶり返し、痛みでまた目の奥が熱く感じていた。
「そうね。わたしにはもちろん、好きな人がいるわ」
地獄のテンカウントが始まったのとほぼ同時に桃色の唇が動く。心臓を吐きそうな恐怖を現実に思わず瞼を閉じてしまう。
そうやんな……しゃあないよね…。これが、真実なんや、本音なんや。お、応援したらな……。
「そ……っか……。じゃ、そ、の人に……思いを伝えな、きゃね……!」
開けてなくても涙が止まらない。未練タラタラな面倒臭い奴、決定だ。落ち着け、うち……落ち着け。せめて最後のお別れくらい笑って送りたい。腫れた瞼を持ち上げようとすると、景色が真っ暗になった。うち、ショックのあまり、気を失ったのか。
「……わたしは笑咲にしか興味がないわ。他がどう言おうと眼中に無い。たった一人、この世で愛した貴女に懇願されてもね」
ゼロ。吸い付くほど潤いのある柔らかな肉がうちの唇に触れる。ほんのちょっと当てた口は同じ部位を愛おしむように何度も角度を変えては、吸い込むようにキスしたり強度を変えてきた。
「笑咲、好きよ。愛している。わたしはずっと前から貴女が好きだったわ」
「か、りん……ちゃ、……っ、は……んぅ……」
顔の中心に熱が集まり、目元から降りてきた手に挟まれて頬が冷たい。息つく間も無いキスの嵐。ぷっくりして艶のある感触がとっても気持ち良く、脳が溶けそうだ。
嬉しい、嬉しいカリンちゃん……、カリンちゃん……!!ずっと好きでいてくれてありがとう。もっと、して欲しい……もっと、貴女をゼロ距離で感じていたい。
こんなに与えてくれてるにも関わらず、足りない。彼女に対して乾ききった心は潤いを貰え、嬉しさのあまりがっついてしまう。
「あー、財布忘れた!」
浅い呼吸で肩が上がり、二人分の心音が耳を支配落書きルームから困った声が耳に入った。
「忘れ物届いてないか聞いてきたら?」
「うーん、そうするー」
椅子の脚が床を擦る音と人と靴の足音が遠ざかっていく。熱に浮かされ、ちゅ、ちゅっ、甘いキスをあともう少しだけと味わっていると誰かが声を上げた。
「撮影ブースに置いてんじゃね?」
「あ、そーかも!!」
目が見開き、視線を迷わせれば台に見知らぬ財布が置かれている。鼻息を荒くしてカリンちゃんに匂わせるけど、雰囲気に飲まれていて気付いてくれてない。
「あれ?使用中………?」
幕下から見える足で確認したんだろう。でも、その女の子は「でも、ランプ点いてないしな」と不思議そう呟いていた。ヤバい、ヤバい!今度こそ気付いてもらえるように、カリンちゃんの頬をぱちぱち叩いてみるけど、効果はない。
「すみませーん。忘れ物取りたいんですけどー」
お願い、今だけストップ、ストップして、カリンちゃん!!何度かやってみると手首をガシッと掴まれた。しかも昨日、怪我したところを。その時も夢中になって跡をつけられている。なら、今回も……?快楽から一点、正気に戻る手前でカーテンがが横に動いた。
「コレデスカ?ハイ、ドウゾー」
目の前で女の子とやり取りするカリンちゃん。言葉遣いは普段の丁寧でお嬢様のものではない。
「あ、はい……そうです……ありが……、あなたは、読モのカリンさん!?わた、ファンです!」
「アナタ、ワタシをシル、ニホンジン?エット、トーゼンデスッ!カンコーシマシタ」
シェリー先輩の片言使いを遥かにマスターした話し方。アドリブで演じていても、ファンの子の反応が違和感無い何よりも肯定している。
そやけど、一番驚いたのは……。
「カリンのこと知りたいのなら十分間、僕と付き合ってよ」
何の気配も無いまま背後から千遥先輩の顔が出現し、声を出さないまま飛び上がった。挟めば出来るとは分かっていても、突然は怖い。ファンの子の黄色い悲鳴でギャラリーがカリンちゃんに群がるけど彼女は動じない。モデルだから慣れたハプニングなのかもしれないが、立ち入ったら邪魔になりそうだ。手招きする千遥先輩と一緒にうちは大人しくプリクラから出た。
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