第5章 告白

1/1
前へ
/53ページ
次へ

第5章 告白

「まさか、新カップル誕生早々に破局の危機?」  隣を歩く千遥先輩は手元のプリントシールを見ながら愉快に笑っている。流出する前に預かったよ。なんて言われてしまえば気楽に返して下さいとも言えない。  うちらが歩くクレーンゲーム機のコーナーは様々な種類の景品が揃えられ、親子連れからカップル、男子高校生が笑ったり悔しがりながらワイワイ楽しんでいた。 「嘘ではないよ。昔はあんな声色してたこともあったし、もっと表情豊かだった」  あの、カリンちゃんが!?想像出来ない。いつもニコニコ顔でフレンドリーに話す彼女がいた?後ろ姿からしか見てないけど、やっぱりあの盛り上がり方をうちは知らない。 「幼少期の話かと思うよね?僕は何度かあっちで会ってるけど、小学生の頃までは割と笑う朗らかなタイプだったよ。だから、今の彼女に再会して驚いた」  従姉妹でよく会う仲だったら、たしかに驚くかもしれない。うちだって両親のお好み焼き一筋のお店で知らず知らずのうちに「焼きスイーツ」がメニューに追加されてた時は妥協したのかとあんぐりだった。 「その後に関しては追加料金いるからね?」  指さされたクレーンゲームはゾンビっぽいぬいぐるみ。隣の代はラビリンスのお菓子の缶だが、先客が苦戦している。目のサイズが違うキモかわいいキャラだがギャップに混乱した。トントンとキツツキの如くガラスを叩かれたので百円を投入。アームに目線を持っていっただけなのにガラスを凝視してる先輩が本気の目をしてる。キスの余熱で浮かされた頭が覚めてくるのを感じた。  横に動かして……いい感じや。あとは奥を……。  クレーンゲームで遊ぶのはいつぶりだろう。中学の初めの頃、ストラップ系のグッズにハマり、全種類揃えたくて時間と財布の許す限りよく粘っていた。小物なら経験はあってもぬいぐるみはない。一体につき、ストラップ何個分やろ。 「アレが原因かな。カリンのご両親、二年くらい前に離婚しちゃったんだよね〜」  奥を進んでいたアームは止まり、下がっていく。生えている三角の耳にかすりもせず、通過していった。 本人の口以外で聞いちゃいけない話題に踏み込んだような……。 「方向性の違いってやつ?マリーさん……水瀬マリー。日本人の元女優で文芸翻訳家が母親で、父親はそこそこの映画俳優さんだからカリンはハーフね。おしどり夫婦と評価されてたまーに雑誌の記事に出てたけど、まあ、人間、腹の内に秘めてることなんて分かんないよね〜」  全く触れて来なかったジャンルに対し、登場人物と情報が多すぎる。整理出来てない。才能一家に生まれながらにして……え、うち、まだ景品取れてないんやけど!?間違えて五百円硬貨を百円投入口に押し込んでしまい、ケラケラ笑われながら指摘される。スタートの音楽が流れても、直ぐにコントロール出来るはずがなかった。 「出会いは僕の母さんですら聞かされてないから、それは本人に聞くとして……」  ほらやって?と催促され、聞く耳を立てながら慎重に六回分の一回目を進めていく。BGMの明るさに反し、取れなくて頭を抱えだした隣のお客さんと心情はよく似てる。 「アイディンティティが確立する時期だろうし、心身共に第二次性徴期がやって来るからね。そりゃあ、不安定にもなるか。君にもあるだろう?不安定要素が重なった時に私生活や今後の信念を脅かすものくらい」  ガラスに反射した微笑みは末恐ろしい。ボタンを離すと今度は奥に行き過ぎてディスプレイに当たる。  なんで。この人は人の深層に眠る闇を見つけるのが上手いんだろう。無意識で古傷を掘るのもタチが悪いが、彼女は多分、第六感的な勘で人の瘡蓋を見つけている。  夢原彩月先生は人々の心を動かすのが天才的だとファンながら尊敬しているけど、その実力は想像以上のようだ。 「さーて、次は三度目の正直だね。折り返し地点だけど、ここら辺で決めなきゃチャレンジャーとして廃る!かな」  隣の台で悪戦苦闘していた二人組は財布の底が尽きたのか、後ろ髪を引かれながらも去っていくのが見えた。台に時間制限は無いが、ボタンに触れる手は汗ばんできて滑りそう。 「千遥先輩は、」  カリンちゃんのこと、恋愛的な意味で好きなんですか? 離そうとしたボタンを慎重に押し続け、頭の真上より後ろへアームを動かした。 「……先輩はそこまで事情を分かっていて、従姉妹同士で煽れる仲なのに………カリンちゃんが壊れるのをただ、待っていたんですね」  うちの表現には流石の千遥先輩も笑うのをやめ、瞬きをした。背後で『あともう少し……!』なんて聞こえるけど、見向きはしない。だって、どうせ本体の重みに負けて出口には辿り着けないから。 「どうしてそう思ったの?」  凄みはない。けど、このゲームセンターの危うい光の影響なのか、カプチーノ色の瞳が金色っぽくうちには映る。 「高等部からからひょっこり現れた私に対して『壊したい』と言ったのは仕方のないことだと思っています。でも、もし違う意味だったら、と考えました。カリンちゃんを動かす力を、才能を貴女は持っている。煽ったり余裕づいたりすることでわざと傷付け、殻を破ってまた輝けるようにヒントをあげてたんじゃないかって。うちにサイン会でアドバイスしてくれたように……」  取っ付きにくい人だと思えば、今日のメンバーに分け隔てなく話し掛けている。ご両親の離婚の話や過去話をカリンちゃんから聞き出すことは今は絶対無理だ。きっと嘘の情報を告げられてそれを信じてしまう。 「つまりは?」 「勘です」  夢原先生や神谷さんみたいな天才ではない。凡人以下が勘で語っちゃいけないのかもしれない。今でも距離を取らないと怖い先輩だけど、なんかこう……言動に引っかかりを覚えてしまう。  千遥先輩はポカンと拍子抜けした顔を直し、笑った。 「ハッ、解釈違いにも甚だしい。僕はただ、人が朽ち、堕ちていく様を眺めるのが大好きなだけ。歪んだ性癖なんだよ、それだけ。今でもあのカリンがどんな結末を迎えるのか、あぁ……楽しみで仕方がない」  うっとりと千遥先輩は頬を赤らめる。悪寒が背筋を通り抜け、推し作家に解釈を鼻から否定されて吐血しそう。胸の痛みを堪えながら謝罪すると、ラビリンスの財布が手元から消えた。 「おーい、忍ー、しえりー。僕が取ってあげるから戻っておいでー」  忍先輩にシェリー先輩?見知った名前だが、逸れたにしろ関係ない二人が登場し、疑問に思っていれば千遥先輩はラビリンスのがま口財布をヒラヒラと振っている。それ、うちのなんですけど……。斜め後ろでドーナツに挑戦する二人。被ったパーカーの帽子を抜いで、カラーのサングラスを外したその顔はうちがよく会う人物だった。彼女らは走ってこっちへ戻る。 「大声禁止っす!」 「ごめん、ごめーん。でも、そっちだって僕らの話を聞いてただろ?無条件はよろしくない。だからあいこさ」  その言葉に忍先輩とシェリー先輩が黙ってしまう。隣の台で遊んでいたんだ。最初から聞こえていたに違いない。 「すみません、そこの綺麗な店員さーん。こっちの台のぬいぐるみ、アームが掴んで離さないので直してもらえませんか〜?」  アームが?ガラスケースの中ではたしかに、ぬいぐるみの本体と尻尾がアームの先を挟んでいる。しかもスタートラインに戻っていない。 「これは……タグが巻き付いてますね。失礼しました。はい、こちら景品です」  「ありがとう」千遥先輩は景品を受け取り、嬉しそうに抱いている。人の好みとは分からないものだ。 「あとの三回、どうしましょうか?別の種類の子にします?」 「一人ゲットしたので……隣の台に残りの分以降すること出来ます?」  え、そんなこと出来るの!?忍先輩達のびっくりした顔から同じ感想が手に取れる。「出来ますよ」と慣れた手つきで機械を弄り、ゼロから三に増えた。 「店員さんも行ったし、やるか」   ラビリンスの缶は細長い棒に吊るされている。しかも角にあったぬいぐるみの台と違い、両隣りの台に挟まれていて奥を確認しながら動かすのは不可能だ。ハミングを歌いながら躊躇せずボタンで操作していく。アームの先は取手に触れるだけで難易度の高さに溜め息が溢れると、ドンと重い音が下から響いた。  軽快な音楽が流れ、千遥先輩はブイポーズ。恐る恐るシェリー先輩が取り出し口に手を伸ばすと念願の景品は転がっている。 「えみみん、さっきはごめんなさああい!!お詫びにお菓子を……柊先輩も勝手にどっか連れて行かないでください!探したじゃん!」  両手にゲームセンターの袋を引っ提げたちほちょんとカリンちゃんは駆け出してきた。後輩がさらに加わっても忍先輩とシェリー先輩は「信じられない」と口を動かしながらチョコ缶と睨めっこしてる。 「ねえ、笑咲ちゃん。僕もカリンも多才だけど根本は異なっている。あの子は血の滲むような努力もする凡人の考えが分かる子だ」  もぬけの殻になった台にはまた新しい景品がセットされるだろう。千遥先輩は何も無い棒を見つめ……いや、反射する四人を見てる。その眼差しは胸熱くなる懐かしいものだ。 「逆に僕は、運命が味方してくれるからそれに乗っかってるだけ。簡単に言うと『運』だよ、運。強運なんだ」 「………貴女は」 「うん?」 「強運の才能人でも、変わった好みをお持ちでも描く世界はとっても優しくて誰かの心を元気にさせる物語だと断言します。………そんな貴女を目標にして頑張っていた時期がありました」 「ファンとしてガッカリした?」 「いいえ、違います。うちが弱かっただけです。とっても弱々でした」  そう、とっても。足を地につけてたのに簡単に崩れた。今、踏ん張って立ち上がっても根本は変わらないかもしれない。  隣に映るうちは薄らだ。そりゃ鏡じゃないから当然。四月よりもほっそりした顔はよく見えない。心なら尚更映らない。どうせなら映すのはガラスではなく、憧れの人の目にだ。 「うち、書きます。もういっぺん、書いてみます。今度は先生の真似じゃなくて、自分にしか書けへんような物語を創ってみせます!」  心臓を吐きそうなほど緊張したが、新しい炎が灯る想いを吐き出さずにはいられなかった。一瞬、夢原先生の顔で柔和に笑った千遥先輩は瞳孔を開き、歯を零して笑う。 「跡形もなく壊してやんよ」
/53ページ

最初のコメントを投稿しよう!

20人が本棚に入れています
本棚に追加