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第1章 変わりたい!
圧巻。シリアスなものから途中で入るコメディー要素、歌とダンスで会場を盛り上げて舞台から飛び出してくる学校もあり、前のブロックでは誰かが演者にハグされていた。
どこもほんまに凄くカッコいい!あれが高校生演劇!
準備から撤収まで彼らだけで行い、演技には青々とした潤いがあった。休憩を挟んでも興奮は膨らんでいく。こんなにも劇に魅せられたのは生まれて初めてのことだ。
手描きのイラストや文字で作成されたパンフレットの最後には百合ノ花学園の演劇部も部員の名前と一緒に記載されている。
やけど、この『黒い女達』の作者さんって誰なんや?
公演作品の隣に記されてる『佐々木 光希』という人物が教師かと思ったが、顧問はまた別の先生だ。入学してから一週間しか経っていないからやろ、と思ったけど頁を捲ろうとすると、熱烈な視線を感じて顔を上げた。
暖色系の照明のせいではない、頬を紅に染めた男女がこっちに顔を向けている。お目当てはうちじゃない。隣の水瀬さんだ。
別の学校の人も見とる……。やっぱり美人なんやな。
通路を歩くお喋り三人組も彼女に目を奪われ、会話が止んだ。各所から見つめられているのに水瀬さんの視線は紫の幕がある舞台だ。全く気付いていないわけはないはずだ。……はずだ。
こんな人がうちの手を引いたんや。二回も。
うちを連れた手は綺麗に両手を重ね、スカートの上に置かれていた。背筋は伸び、背もたれに身体を預けていない。
後悔しても遅いけど、うちは猫背をさらに丸め、パンフレットで顔を隠した。
なんか、怖いなあ……。
正確に手を繋いだのは三回だ。その度に彼女は美しくあり、自分とは全く違う人だと自覚させられる。同じ人間なのに別世界の人間みたい。その上、突拍子もなくて、振り回される。三回目なのに思い出しただけで心臓が煩い。お祭りの大太鼓みたいに強く心臓を叩かれる。
「何か言ったかしら、如月さん」
太鼓のソロパートに入ったうちの心臓はシメにもうひと叩きされた。何を言ってるんや?周りに対して何もこぼさなかった彼女がうちの視線に気付き、声を掛けた。迷惑やった?てか分かりやすい見つめ方してた?驚いた拍子に前の椅子に頭を打った。その反動でパンフレットが落ちる。
「ごっ、ごめんなさい……」
悶えながら頭を下げた。パンフは運悪く水瀬さんの下に滑っていき、手を伸ばしても腕の長さが足りない。徐々に場内の明かりが消えはじめ、諦めようと思った時だった。光華な白が眼前で揺れる。
「はい。今度は落とさないように気を付けなさいね」
闇に浮かぶ青い月。一瞬しか確認出来ない清輝とたしかに優しさを含んだ声。他の観客が舞台上へ拍手をする中、うちと水瀬さんは椅子の下。
こういうのをなんていうのだろう。取り残された世界にいる何ともロマンチックな雰囲気を。
ジーー。幕が上がり、スポットライトが舞台を照らすと街が出現する。
『ああ、星が振る日は今夜だというのにーー』
開幕早々現れたのは鬼灯先輩だ。オレンジ色のロングドレスを身に纏い、刺繍された金の花が雰囲気を絢爛にさせる。うちは静かに席へ着いた。
『どうやら今年に咲く花はあの星にも劣らない美しさなんですよ。わたくしもいつか大切な誰かと見てみたいわ』
扇で口元を隠し、三つ編みのサイドテールの貴婦人は草原 忍先輩。あどけなさの欠片もない彼女の目線の先で踊るバレリーナは紅井 詩恵理さん、シェリー先輩だ。
物語のあらすじはこうだ。現実からまっさらな本の世界に逃げてきた人間は本の住民として生きていた。年に一度、星が振る夜、街で最も美しい女が次の星が降るまで踊り続けるバレリーナとなる。主役のサリーはそれを生贄だと思うが、田舎の娘のマレンダはバレリーナに憧れる。しかし、生贄がいないと元人間の住民は星の力により死んでしまうのだ。
『愛おしい顔を上げて、サリー』
泣き腫らしたサリーの頬から伝う涙をマレンダは自分の指で拭ってあげる。
『君が生贄になるのだけは……!』
『いいえ。聞いて、私のサリー。……私はゲンジツという世界を知らないの。でも、貴女がゲンジツ人ならそんな貴女を愛した私もそうでありたいの』
物語も終盤に差し掛かり、うちは酷い悲しみと辛さで胸が締め付けられてしまって舞台を真っ直ぐ見守れない。
二人だけの正しい決断をしたはずやのになんでそんな辛い結末なん?
幕が降りる中、二人は手を繋いだまま少女として横たわっていた。最期のページを罪人として迎えるには愛おしすぎる満面の笑みで。
目頭が熱いというレベルでは無かった。会場からは耳が割れるほどの拍手と鼻を啜る音で包まれ、カーテンコールではスタンディングオベーション状態。涙をハンカチで拭きながら「良かった」が素直に外に出た。
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