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第1章 変わりたい!
「部長のサリー、副部長のマレンダ、とっても最高でした」
目元を腫らした鏡の自分と向き合い、手洗いで何度も練習した感想と花束を一緒に部長達に贈る。花は水瀬さんが予め用意してくれていた。準備が早い。
「ありがとうございます」「楽しんでもらえて甲斐があるよ」と喜んでくれた。
「えー、拙者には感想ないんすか?どうっす?あのマドマーゼルな叔母と貴婦人は」
華奢な体をくねらせてうちに感想を求める忍先輩。他二人は一人三役の大技を披露していて見物だった。
「先輩方の色んな顔を見れた気がして、とても最高でした!」
「シーノもヤッタネ!カリンちゃんも楽しかった?」
先輩二人の視線が一気に水瀬さんに注目し、釣られて見上げるも、蛍光灯の強光が彼女の頭上から放たれて表情は確認出来ない。
「先輩方の芝居には心を動かされるものがありました。今日はお誘い下さりありがとうございます。来週からまたよろしくお願いいたします」
「よ、よろしくお願いします……!」
「そんな固くならなくていいんすよ〜?ほら、楽しくやるのも大事っすから!」
「ソノトオーリ!ガチガチだと楽しめないわよ〜?」
褒められて上機嫌の忍先輩はうちの右腕で遊びだす。前へ後ろへ動かしてブランコだ。シェリー先輩も水瀬さんの片腕で同じことをしていた。
「拙者も後輩が出来たんすね……!お姉さんみたいす、先輩みたいっす!困ったことがあれば先輩に聞いてね!」
先輩のワードが大変気に入ったみたいで、前後に振る腕が早くなる。フォーマルな姿なのにブランコを楽しむ子供みたいで癒されてしまった。ちょっと変人が多いが、楽しい部活動になりそうな予感しかしない。
「……如月さん、水瀬さん」
遊ばれることに戸惑いながらも和んでいたうちは鬼灯先輩を見た。黒のハーフドレスにドレスアップしていて、二年の中では一番大人びている。
感極まって気のせいかと思ったけど、部長も副部長も重い表情をしとる?
本心の言葉に喜んでくれたのは事実だろう。それ以降は硬くなに唇を結び、こっちの輪に入って来なかった。部長なら意気揚々と飛び込んでくるはずなのに。
鬼灯先輩目が再び開かれ、その場にいる四人を瞳に映した。
「一年生には聞いておくべきことがあります」
「なんでしょう?」
「……昨日、部長が口を滑らせたことを覚えていますか?」
「はい。出来れば二人の方が、ですよね」
水瀬さんの即答に驚愕した。口を滑らせる、つまりは余分なことだと認知しているうちは「女の子尊い」発言が真っ先に頭に浮かんのだ。今朝の囲みファンも納得出来ないことはない。
「そうです。あの時は私も言葉を濁しましたが、この演劇部では……」
「そこからは部長が説明しないとね」
メイク室の鏡を背に足を組んでいた部長が手を挙げた。ワックスの名残でよれた毛先。アイラインは消され、赤眼鏡の縁を人差し指で押し上げた。
「ここの演劇部の伝統はね、二人一組のペアが規則としてあるんだ」
「二人……一組……?」
体育や集団行動でよく耳にし、指三本に入るほど苦手なワード。奇数で遊ぶメンバーなら修羅場に成りかねない。そもそも、ここは部活で、集団で演劇をするはずなのに何故?
「旧アイリス女子学校の頃のだから古い規則だし、現代のあたし達が受け入れなくてもいいことなんだよね。それに、他のペアや個人を助けないわけではないんだ。ただね」
腰に手をあて、左へ歩き続けると部長の爪先が壁についた。
「青春期真っ只中のペア同士が作り出すモノは尊くて美しいものなんだ。たとえそれがなんであっても。あたしの代で最後でいいからせめて、みんなが魅せてくれた制度を我儘で貫き通したい」
翻すと非対称のハーフスカートが部長の脚を綺麗に魅せる。斬新なファッションに胸が躍ったのに今はパープル色の唇から何が飛び出すかに意識が向く。
「三人一組もいたんだけど、今は二人ずつにしてるの。現にあたしと麗ちゃん、しのちゃんとシェリーちゃんでツーペアなんだ」
腕を遊ばせていたはずの忍先輩とシェリー先輩はいつの間にか部長の横に移動していた。二人の身長差はあるもの出来た隙間で見せつけるように手を繋いでいる。ただ、指と指を絡まり合ったそれは『友情』と呼ぶには少し親密だ。ペアといっても何か違う。
「……引いた?」
何かが生まれてくるよりも先にシェリー先輩が口を挟む。穏やかな顔なのにどこか諦めたようにも取れる彼女の手を握り続けている忍先輩の指は微かに震えている。なんや、これ?目の端に映る鬼灯先輩もなんだか様子が違っていた。部長を見つめるその瞳は潤んでいて、熱に浮かされて色気がある。
引いた、とかそういうもんじゃない……。作り出すモノって……?これが、そうなん?
飲み込めない状況で唾を飲めば音が響いた。
視線を戻すと狼狽えてもいない水瀬さんが隣にいた。余分な肉がない白く綺麗な少女の隣には、白だとぽっこりお腹がスカートに乗るのが目立つうち。各々が立つ鏡へ晒されてしまう。逃げるようにうちは床へ視線を落とした。何も考えられないのは強い照明のせいだと信じて。
「『演技』でも大丈夫なんでしょうか?」
沈黙を破ったのは水瀬さん。
「初対面だったペアも過去にいらしたはず。また、他に大事な人がいたペアもいたはずだとわたしは思います」
「うん、いたよ」
高価な絹は光に照らされると輝く、と家庭科の先生に教えられたことを急に思い出した。少し開いた窓からの風で短い髪が一本一本がさらさら、キラキラ。魅力的な水瀬さんに穏やかに答える部長。
「そして、ここは演劇部。ないはずのないモノや役を魅せることも可能かと。……わたしは出来ます」
水瀬さんが言い切ると生温い風が止んだ。年上相手でも宣言する姿に肌の産毛がピリピリとする。
部長の凄さとはまた違うけど、水瀬さんも凄い
感動や尊敬の気持ちが表れると同時に、ネガティブな感情も生まれて来ないわけはない。
美人やから嫌がられたりしなかったんやろな……。
素直で目標が高くて、なお美人なら九割話を聞いてくれるだろう。そんな人とペアになるなんて恐れ多い。
誰も「如月ちゃんは?」とは聞かない。温かい視線のようで求めている視線が注がれ、逃げ場を阻止されている。
二組のペアと一人と一人。居場所を与えて貰いながら断るのは、放棄するのも同然で無いのと同義にもなる。選択肢もあるようでない。
他の道や正解もあるはずだった。だけどこれ以上有耶無耶にする方が辛い、とうちは頷いていた。演技でもいいんやから。部活だけのペアなんやから。部活が出来れば別に関係ないんやから。
「……私で良ければ水瀬さんとのペア、お受けさせて頂きます」
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