第1章 変わりたい!

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第1章 変わりたい!

 部屋に戻るとちほちょんからメッセージが来ていた。 『先輩に挨拶していたのね、りょ。アタシは先に戻ってるから安心して!えみみんもゆっくり休んでね』  犬がグッジョブしているスタンプも添えられている。連絡が出来なかった申し訳無さと内容の優しさにじんとくるものがあった。  ベッドに腰を下ろし、そのまま横になる。セーラー服に皺がついたらダメや、はよシャワー浴びやな、そう思っていても体が鉛みたいに重くて動けない。  決意表明、温かい拍手、今後のスケジュール、ペア紹介。  難航していたのは一時だけだったのだろうか。トントン拍子に話は進んでいき、ホールを出た時にもまだ太陽は沈んでいなかった。  平日は水曜とたまに木曜日が休み、土日は基本休み無し。全国大会前の合宿で三千円ほど。  勢いで入部してしまったもの、学生生活や財布にも優しいのは感謝だ。感謝すべきことなんだろうが、うちは「そうじゃないやろ……」と呟く。  反対へごろんと横になると、腰より低い本棚があった。板を外すことで雑誌収納出来たり、本棚として使わない生徒もいるようだが、うちはそこに三冊仕舞っていた。その中の一つ、シルバーの本を手に取る。表紙には桃色の箔押しで『一五○六』と縦に印刷され、著者名は『ゆめはらさつき』。鼻息混じりで頁を捲ると、数枚続く親しげな男同士のカラーイラストの後には小説がある。疲れきった笑咲の顔も自然と緩んだ。  やっぱり、ゆめはら先生はカッコイイな。  三行読んだだけで読者を物語に惹き込ませる天才。幸せな日常から入ることもあれば、挫折から入ることもある様々な世界。何度読んでも魅了されてしまう。  うちが熱狂している『ラビリンス』の原作者 夢原 彩月は数ヶ月前まで小説の同人活動をしていたゆめはら先生と同一人物である。  絵描きと物書きの二刀流は当時珍しかった。漫画家の勉強しながら趣味の小説投稿を当時していたものの、物語の完成度は高く、その頃からたしかなファンもついていた。 「あ〜。睦月君の繊細さを汲み取るリアム君っ……!前世ではラブラブだったのに現世では幼馴染を取り合い、結婚を巡るトラブル。片方が前世の記憶を取り戻したとか……睦リア最っ高や!」  尊さと萌えと切なさが最高潮に達し、重みのある同人誌を仰ぐ。腕はぐらつくも、足をバタバタするのを抑えられない。  睦リアとは、人間の睦月とエルフのリアムによるカップリング名で、ゆめはらのオリジナル作品『情景』シリーズに登場する。睦月が住むヒトの世界と異世界を有耶無耶にした魔王を倒すために奮闘する旅の中で、恋愛に発展する。作家自身のお気に入りカップリングであるためか、学園パロディや医者パロも書いている。この本はそういった今までのパロディを纏めたものだった。  そして、何を隠そうゆめはら先生が書く作品は全てボーイズラブだ。  うちがボーイズラブが好きな腐女子になったのもその影響といっても過言はない。商業漫画デビューで同人小説家やジャンルを辞めたとはいえ、推し作家には変わりないので、今もこうしてうちは新人漫画家の夢原 彩月ファンとして応援している。  ここで断言しておきたいのだけど、オタクだからといって必ずしも腐女子、腐男子ではない。うちは元々アニメオタクでボーイズラブは認知していたけど、興味は無かった。大嫌いの方も当然いらっしゃるので無闇に聞くのはよしたほうがいい。  あっという間に再録集の一作目を読み終えてしまい、満足感に浸れる。きつい受験勉強を乗り越えられたのも、夢原先生の面白くも感動する作品があったからこそだ。  世の中にはやっぱりいい作品を書ける人がいるんやな。疲労や辛さを無かったことには出来やんけど、幸せに塗り替えられる。  今日の劇の脚本を生徒が「書いた」学校もあることをうちは人伝に知った。切なくも愛がある物語を書いた人がここの演劇部にもいたらしい。  誰までは先輩達に聞けやんかったけど、そういう人は生まれながらにして才能がある人なんやろな……。  そうでなきゃ、ファンを獲得するどころか感動させることも笑わせることも出来ないだろう。  目を閉じると世界は暗くなるが、窓から入るオレンジジュースのような夕空のおかげで寂しさは軽減される。  ……やから、あっちの文芸部に入らんくて良かったのかも。落ちたのは良かったんかもしれへんな。  ゆめはら先輩が影響を与えたのは、新たな沼への誘いだけではなかった。ノートを開き、柄が剥げたシャーペンを走らせる。プロフィールから各個人の一生、四段階構成、推敲を重ね、密かにサイトへアップする。  しかし、プロアマ問わずこの世界には星の数ほどいて、ずっと人気で愛され続ける作家はそう少ない。文にも当然コミュニケーションにも特別な才がある訳がないうちには星との距離そのものだった。 「もうええわ。無意味なことやったんやし……」  片付け箱は破壊されたまま、破片が散らかっている。
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