チャットボーイ☆ミーツボーイ

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葬式が終わって1ヶ月経った。2度外に出た。お通夜と葬式のその2度。酷く疲れてしまい、食事ができずほぼ水だけを飲んですごした。何かをしようとすると頭痛がした。チャットもできなった。スマホの督促がきた。払わなければ止められる。 話をするだけでお金を落としてくれてた客を逃したのはもったいなかったかなと今頃になって思った。だけどもう無駄なお金をあの男は使わずに済む。今頃、馬鹿な事にお金を使ったと後悔しているかもしれない。 仕事をする気力がない。でも、お金がない。父親が死んだから、実家の援助もなくなるかもしれない。実家に戻った方が金銭的には楽になる。けれど自分なんかが戻ったら母も世間体が悪いのかもしれない。体は健康で、精神疾患と呼べるほどの服薬も必要のないから国の保証を受ける資格がない。健常者でも障害者でもなく、働かない若者。引きこもり。本当に父親のような立派な大人が死ぬより自分が死ねば良かったと朔也は思った。 1カ月ぶりにパソコンをたちあげる。カメラの位置をセットし、ぬいぐるみの前に座る。 自分の姿が画面半分に映し出される。 すぐに申請がきた。 画面半分に映った男はれいじだった。 「サクラさん」 「あっあんた何で?」 1ヶ月経ったれいじは、髪が少し伸びていた。野暮ったが増している。この男に繋がるとは思いもしなかった。 「あれが最後なんて嫌だったから……」 れいじが言った。 「会いたいなんて言わないから……たまにこうやって話していい?僕に恋人ができるまで」 「好きにしたら」 暴言を吐いた手前、元の敬語に戻すのも躊躇われてこの日からは敬語を使わなくなった。れいじは相変わらず外の世界の話をするが、サクラさんにも食べさせたかった、見せたかったとは言わなくなった。れいじに恋人ができるまでの期間限定だと考えると前より楽に話せる気がした 。 朝からだるかったけど、夕方から頭が痛くて悪寒がしてきた。1人で生活をはじめてから朔也は風邪をひいても病院に行ったことが無い。4年前位に実家から持ち出した市販の風邪薬を引っ張り出して飲んだ。それもさっき飲んだ分で無くなった。頭痛と悪寒を我慢してミノルさんと新規のお客さんの相手をしてからまた待機した。頭がボーッしている。体温計を持ってないからどの位熱があるが分からない。節約のため暖房は入れてない。寒い。すごく寒い。震えがとまらない。ガチガチと歯が鳴って止められない。 待機画面に申請が入った。 「サクラさんこんばんは」 れいじだった。 「今日の夕食はお弁当ですませてきたんだ。サクラさんは何食べたの?……」 拍動と同じリズムの 頭痛がうっとうしい。 「まだ何も食べてないよ」 「何だか体調が悪そうだね……」 心配そうに画面越しに覗き込んでくる。 「大丈夫なの?」 「大した事ないよ」 「薬はのんだ?」 「さっきのんだから大丈夫」 れいじは無言になった。 「何か話したら?時間もったいない」 震えを押し殺してれいじに言った。 「仕事してないでもう寝たらどう?僕は切るから」 「あんたが切ったら違うやつと繋ぐ……」 れいじの顔が僅かに歪んだ。 「じゃあ繋いだまま寝ていいよ」 勝手に瞼が閉じようとする。 意識に霞がかかってきて、自分が何をしていたのか分からなくなる。こっくりこっくり頭が揺れる。体幹が折れてぐにゃっと上体が床に落ちた。 「サクラさん!どうしたの?」 自分の意識が浮かんだり消えたりする。 「サクラさん!!救急車呼んで!!」 いやだ。外に出るのは死んでもいやだ。首を振る。風邪くらいでこんなに体がおかしくならない。絶対に悪い病気だ。怖い。死んでもいいって思ってたのにやっぱり怖い。 「じゃあ君の住所教えてっっ!!!」 朔也は意識を手放す寸前にメッセージチャットを送った。 頭が痛い。呼吸が早い。関節という関節を全部、骨折しているんじゃないかという位の激痛。 人の気配がするけど何人いるか何をしているのか誰かは分からない。 「聞こえますかー?」 意識を確認する為の無駄の無い問いかけ。朔也は頷いた。 「点滴入りますよー」 手の甲にプツッと皮膚を刺す感覚がした。 頭の上に冷たい物を乗せられる。 「君の保険証はどこ?お医者さんに事情を説明出来ないから兄ってことにしてる」 朔也は引き出しを指さした。 「りよーかい」 「やまとさくやっ読むの?」 朔也は頷いた。さくやだからサクラって簡単につけたハンドルネームを知られたのが恥ずかしい。 なのに 人がいることで安心する。 朔也は安堵の中で眠りに身をまかせた。 次に目が覚めた時、気分は随分良くなっていた。時間の感覚が無いから昼か夜か分からない。 「起きた?」 「はじめまして、大和朔也さん」 「かやしまれいじ……」 れいじが頷いた。 「気分はどう?」 「……いい」 「そう………熱はまだ少しあるね」 初対面の男の掌が額にあてられた。熱を奪う冷たい掌が気持ちいい。 「インフルエンザだって」 「あと低血糖と低体温と貧血と脱水。ご飯食べてないだろ?お医者さんがいくら若くてもあのまま、ほっといたら死んでたって言ってたよ………あと勝手にエアコンつけた」 ベット脇の椅子にれいじが座った。 男のワイシャツからは外の匂いがした。 髪型も顔も野暮ったいくせに背は思ったより高い。 「あんた会社は?」 「休んだ………親戚1人殺した」 れいじは そう言って少し笑った。 「インフルエンザって伝染るやつじゃない?」 「そうだけど、最近なった事ないから大丈夫」 「ご迷惑かけました……もう帰っていいよ」 朔也がそう言うとれいじはため息をついた。 「まず、ありがとうだろ?それからお粥買ってきたから食べて、薬飲んで」 朔也なりの助けてもらったのにインフルエンザまでうつしては悪いという気遣いのつもりだった。礼を求められても素直に言えない。 れいじはお粥をあたためてベットまで持ってきた。聞くとれいじの住む町は隣町だった。朔也がメールチャットで送った住所までれいじがタクシーで来て、近くの医院に往診を依頼したのだ。 朔也はお粥を無理やり飲み込んで薬を飲んだ。 「サクラさんって画面越しだと小柄な女の子みたいなのにこうして会ってみるとちゃんと男で驚いた……」 朔也の胸がチクッと痛んだ。 「あとひとつ質問していい?あの機械は何?」 れいじの指さす方向には前田さんからプレゼントされたアレが置いてある。 途端に変な汗が溢れ、顔が火を吹いたように熱くなった。 「あれは……あれは体の凝りを解す機械」 「へぇ、あんな形の初めて見た……」 当たり前だ。 あんな物、普通のアダルトでも取り扱っていない、本物の変態の為のアイテムだ。
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