コーデリの歌〜リーンの角笛による雄大な独奏曲〜

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 寒さも和らぎ春の息吹を感じるほどになってきた。それに、所々に青い草の芽が顔をのぞかせていた。 「⋯⋯大丈夫か?」  リーンは、腕を少し動かす。声を出そうとすると喉が痛くなるらしい。 「⋯⋯いい。無理するな」  医者に見てもらうには、沢山のお金がかかるらしい。何もできない自分に嫌気がさした。こんなことを考えたくはないが⋯⋯。リーンはもうすぐ死んでしまうのだろう。仲間が怪我を負った時と同じような予感がするのだ。  ジッとリーンのことを見つめていると、不意に腕を伸ばした。その先には角笛が置かれている。持ってきて欲しいのだろう。  それを渡すと、それを愛おしそうに眺めている。父親から譲り受けた、大切な角笛だと前に言っていた。 「⋯⋯けっ、きょ。うた⋯⋯。きかせてあげら⋯⋯て。ごめ⋯⋯」 「喋るな、大丈夫だ。ゆっくり休め」  顎をリーンの腹に乗せると、頭を撫でられる。慣れない感覚だが、リーンは落ち着くのだろう。  しばらくして、夜が来たようで言葉は話せなくなっていた。リーンは名残惜しそうに手を離し、微笑んだ。  ドアを開け、静かに家を出ると見慣れない集団に出会した。地味な服の者の他に華美な服を見に纏った見かけない者もいる。 「⋯⋯狼だ! 殺せ!」  こちらに向けられている感情を瞬時に感じ、逃げようとするが一足遅かったようで足を矢に射抜かれる。走って逃げようにも、痛みが激しくいつものように森を駆けることができない。 「最近狼が出没していると聞いていたが本当のようだな」 「はい、このままではこの村の家畜も食い尽くされてしまうところでしたね」  放たれる矢をなんとか避ける。そのたびに足がジンジンと痛む。避けきれなかった矢が一本、また一本と体を貫くたびにひどい痛みに襲われる。  もしもここで死んだら、残されたリーンはどう思うだろうか。悲しく思うだろうか。それは、嫌だ。  だんだんと意識が朦朧としてきた。出血が止まらず、目眩がする。 ——ふと、どこかで聞いたことがある音色。しかし、初めて聞く旋律が体を包み込んだ。それは、春の麗かな日差しのようで、またある時は柔らかな草原を想起させる。  しなやかに伸びていくその音は傷を癒してくれた。痛みは和らぎ、心は幸福感に満たされる。  先ほどまで矢を打っていた人々もその音色に魅了されたようで、矢を打つ手を止めていた。  余韻に浸っていた最中、私はこの音色の持ち主を思い出す。そして、この素晴らしい音色がこの世から消え失せてしまいそうなことも。  咄嗟に飛び起き、リーンの家に向かって走る。こちらを見つめる奴らに一吠えして、こちらに来るように伝える。伝わったのだろうか、恐る恐るといったように歩みを進め始めた。 「なんていうことだ⋯⋯。今にも死にそうじゃないか」  知らない人が僕に声をかけている。綺麗な服は、きっと偉い人なのだろう。それなのに、なんのもてなしもできないのが心苦しい。 「一番腕のいい医者を呼べ。今すぐにだ」  医者を呼ぶお金なんて僕は持っていない。それよりも、コーデリはどうなったのだろう。大丈夫だろうか。無事逃げられたのか。 「これは、肺炎ですな。大丈夫、私にかかればすぐに治りますよ」  治る⋯⋯? また角笛を聞かせてあげられるだろうか。 「はい、とりあえず栄養が足りてないようなのでこれを飲んでください。東西南北あらゆる国から集めた薬草を煎じたものです」  言われるがままに口を開けて飲む。とても苦くて、変な味だ。それに、眠たくなってきて、まぶたがおりてきた。
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