コーデリの歌〜リーンの角笛による雄大な独奏曲〜

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 若草色が広がる大地。青空と緑のコントラストは涼しげな色合いを纏い、爽やかな風が吹く。  その雄大な風景の中に僕の頼りなさげな角笛の音が響き渡る。それ以外完璧なのが、余計に角笛の音を目立たせてしまう。 「はぁ、おまえの角笛は狩りに出る気が失せてしまいそうだ」  狩りをする仲間達の吹く角笛の勇ましい音は士気を高める⋯⋯のだが。 「お前はなよなよとしているから音色もそんななんじゃないか?」  からかい半分に言われる。それに苦笑いを返すことしかできなかった。 「ま、今度練習しろよ? それじゃ、俺たちは狩りをするから昼になったら角笛を吹いてくれ」  身体が小さく、弱い僕は動物を狩ることができないので始まりと終わりを告げる角笛を吹くのが役割だ。 「あ、蝶々」  暇な時間は、ボーッとして過ごす。青い空を流れる雲を眺めたり、遠くを見つめて異国の想像をする。  「⋯⋯ほら、おいで」  差し伸ばした指先に黄色い蝶がひらりと妖精のように舞い降りてきた。そこに重さを感じる事はない。幻を手に乗せているようだ。  軽やかな薄い羽が儚く揺れる。 ——ふと、強い風が吹く。それに驚いたのか、蝶は指先を離れ再び空を踊り始めた。 「あっ、行っちゃった」  しばらくは暇つぶしできそうだったのに。と少し残念に思う。角笛を見るが、吹く気は起きない。 「⋯⋯吹いたら皆戻ってきちゃうか」  一人でクスリと笑う。この時間は昼寝にでも充てよう。目を閉じると、快適な気候が眠りに導いてくれた。 「おーい、起きろよ!」  声が聞こえて思わず飛び起きる。どうやら狩りの時間が終わっていたようだ。 「あ⋯⋯ごめん。つい眠っちゃって」 「まあいいよ。でも、昼寝するほど暇なんだろ? ⋯⋯別に、狩り以外の仕事もあるんだぞ? その角笛なら他の奴が使いたがるだろうし、大切に使われると思う」 「⋯⋯うん」  でも、この角笛を手放すことはできない。これは父の形見だから。 「ほら、乗れよ。もう帰るぞ」  馬が驚かないようにゆっくりと背にまたがる。すると、軽快に歩みを進めた。草原を駆けて、森を抜け、川を越える。目まぐるしく変わっていく風景は飽きることがない。 「⋯⋯よし、体調は大丈夫か?」 「大丈夫、ありがとう。⋯⋯でも、明日は村で裁縫の手伝いをすることにするよ」 「そうか。あの角笛、いい音が鳴るからな。練習すればきっとお父さんみたいに吹けるようになるぞ」  それじゃ。と手を振る幼なじみを見送りつつ、角笛を眺める。特徴的な模様が普通のものとは異なることを示していた。 「⋯⋯宝の持ち腐れ。か」  青々としていた空もすっかり寒色を失い橙色に染まっていた。しかし、地平線と太陽の距離はまだ遠い。 ——もう一度、角笛を見る。夕陽に照らされたそれは、今までに見ていたものとは見違えるほどに美しい光を纏っている。  だからだろうか? 今日は珍しく練習をしてみようと思ったのだった。とぼとぼと集落から遠い所まで歩く。音が煩くないように。  父親譲りの薄いわけではない唇を角笛に当てる。お腹に沢山取り込んだ空気を使い、唇をブルブルと震わせる。 ⋯⋯堂々としない音。息を沢山入れても、背筋をまっすぐにしても、皆のような、贅沢を言うなら父のような音色は出せない。 「無駄なのかな⋯⋯」  そうは思ってもここで辞めたらいけない気がして、もう一度試す。しかし、音はちっとも変わらない。  だんだん日が沈んでいくと同時に気分も暗くなっていく。何回か練習した後、何も変わらないのでもう辞めて帰ろう。と思った時だった。 「その音色はなんだ? 角笛か?」 「⋯⋯誰!?」  咄嗟に後ろを振り向く。と言うのも、この場所は村から距離のある場所だ。人が来るのは狩りをしている時か、人攫いが夜に通るかの二択になるだろう。  狩りを始めるにしても時間が遅すぎる。なので警戒してしまうのも無理はなかった。 ⋯⋯しかし、声の主はどこにもいない。  というのは半分嘘で、視界を地面に向けると灰色の大きな犬がこちらを向いていた。 「わあ、可愛い。迷子かな? こんな所まで来ちゃったんだね、かわいそうに」  思わず撫でると、頭をぶるぶると震わせた。どうやらあまり好きではないようだ。 「あっ、ごめんね。嫌いだとは思わなくて。そうだ、これから村に帰るんだけど君もついてきなよ。きっと飼い主に会えるよ」  帰る準備をしようとした時だった。どこからか声が聞こえてきた。 「おい、犬と一緒にするんじゃない。我々は森に住う狼だ」  それを聞いて、思わず瞬きを繰り返してしまう。幻聴だろうか? 「⋯⋯もしかして、今日は疲れてるのかな」 「いや、お前が聞こえている声は別に幻聴ではないぞ」  なんということだろう。この落ち着きのある声は目の前の犬⋯⋯もとい、目の前の狼から発せられているものなのだ。にわかには信じがたいが、目の前で起きている超現象に開いた口が塞がらない。 「え、なんで動物の言葉が分かるんだろ⋯⋯」 「私にも分からないが、夕暮れ時だけ人間の言葉が話せるようだ。それよりも、そですもう一度吹いてくれないか? お前の音色は聞いていてとても心地いい。しなやかな伸びのある音は清らかに流れる清流のようだ」  それを聞いた途端、頬に滴が垂れる。 「⋯⋯そう、かな。全然堂々と、してないし。勇しくない音色なんだよ? 角笛らしい音なんて、少しも出てないのに」 「角笛らしい音ってなんだ? ただうるさいだけの音よりも柔らかな包み込まれてしまう音の方が魅力的に思うぞ。たまに音を外したり伸ばす音が不安定になるのが気になるが」 「⋯⋯ありがとう。初めて音色がいいって言われたから嬉しくて。また明日も練習しにきてもいいかな?」  ⋯⋯それに対する返事は返ってこなかった。狼を見つめると、ただ困ったようにキューンと鼻を鳴らすだけだった。 「あ、もう帰らなきゃ。それじゃ、また明日くるね」  やはり幻聴だったのか、はたまた夢を見ていたのか。普通はありえない出来事に若干の心配を覚えつつも明日が楽しみになった。
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