6話『その先へ』

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****♡Side・副社長(皇) 「皇はこういうのが好きなんだな」  繋いだ指先が温かい。  車でしばらくドライブをして臨海公園へ向かった。手を繋いで浜辺を歩きいろんな話をして、その後水族館へ。 「唯野さんとは……」 「何処にも行ったことない」 「そっか、済まない。でも、これからはきっといろんなところへ行けるよ」  不倫関係だったのだ。当然だなと思いつつ謝罪の言葉を述べて、元気づけようとしたしたのだが。  何故か立ち止まった塩田。皇もそれにつられて足を止める。 「皇の力なんだろ?」  塩田の方を振り返った皇。彼は瞳を揺らしこちらを見つめていた。 「力というほどでもないよ。単に事実を突きつけただけだ」  唯野は騙されて彼女と婚姻し、彼女の産んだ子を自分の子だと思っていただけ。事実を突きつけられた彼女が婚姻生活を続けていけるはずもなかった。  法律上は確かに自分の子となってしまうだろうが、血の繋がりはない。唯野への騙し方はそんなに多いものではないかもしれないが、あなたの子と偽って育てさせるケースは意外と多いらしい。  海外では産まれてすぐにDNA鑑定を行ったりするが、日本ではしない。恐らくそれをされては困る理由が政治家にはあるのだろう。 「目的って金だったの?」 「それは違うかな」  確かに株原は給料が良い。苦情係は特に。  しかしながら現在のシステムを考えると子育て家族への待遇は良いとは言えなかった。しかもでき婚とされるあの夫婦の実態はそうではない。当時は新入社員で営業部にいた唯野。どんなに成績が良かったとしても、それには衰退があるだろう。  本気で将来を見据えていたとするなら、唯野よりも現在総括部長の黒岩の方が()がある。 「つまり奥さんは修二のこと本気で愛していたということ?」 「そうだと思う」  手に入れさえすれば、いつか唯野の心が自分に向くのではないかと思っていたのだ、彼女は。だがそれこそが誤算だった。  唯野は真面目で誠実。人当たりが良く、人望があった。そう見せていたのか、結果的にそうみられていたのかは定かではないが。  記憶もない性交で子を授かったことが彼には重すぎた。だから娘が産まれた後も距離をおき続けたのである。申し訳なさしかなかったのだとも思う。  そもそも好きでもない相手との責任による婚姻生活が幸せなわけはない。それでも彼は愛のない生活を続けた。  そう、塩田に出逢うまで。 「俺はそんな人から修二を奪って良かったのかな……」 「じゃあ塩田は唯野さんに一生地獄にいろとでも言うのか?」  今更でも罪悪感に支配されてしまえば、塩田は唯野と別れるだろう。真っ直ぐで我が道しか行かないような彼だが、倫理道徳観はしっかりしていた。  これは言わばラストチャンス。塩田の良心を刺激して別れさせることが出来たら、彼は容易にこの手を掴むだろう。  だが皇にはそれが出来なかった。  好きな相手を諦めさせて自分に向けたとして、そこに彼の幸せはあるのだろうか?  いつか本気で自分を愛してくれたとしても。  それを信じられなくなる未来しか皇には想像できなかった。 「幸せにしてやれよ、唯野さんを」 「うん……」  煮え切らない彼。 「罪悪感を持つのはわかる。でも、唯野さんの立場で考えてみろよ」  好きでもない相手に騙されて17年間も人生を棒に振ってきたのだ。もしかしたらその間に心から好きになれるような相手と出会えたかもしれないのに。  一夜限りの記憶のない交わり。今まで一度もそんなことをしたことがなかったのに。結局自分も、理性を失ってしまえばただのオスなのだと落胆したに違いない。  唯野はそういう人物。  一途で、自分もまた一途に愛されたかったロマンチスト。  ぶっきらぼうだが、相手をちゃんと観察していて真っ直ぐな塩田だから唯野は惹かれたのだろうと思う。
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