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一.
二人の男女が、一本の丸太の両端にしがみついて海岸線を漂流していた。
「陸まで一キロあるかないか、ですよねぇ。
頑張って泳げば辿り着けそうなんですけど……」
見ている分には簡単に手が届きそうな陸地を悔しげに眺めながら男がつぶやくが、
「無理だ。
そもそも私は運動らしい運動などしたことが無い。
何ならこの木にしがみついているだけでもそろそろ限界かと思っているところだ」
女は案ずる余地も無いといった口ぶりで即答する。
「まぁ確かに……自分で言っておいてなんですけど、僕もこの距離を泳いで渡る、しかもユサギ先生を引っ張って、なんて不可能だろうなぁ、とは思っていました」
「私を引っ張って……?
トール君、お前はどさくさに紛れて私の手を握ってみたり、なんならちょっと抱きかかえたりしてみよっかなぁ、とかなんとか思っていたのか?
気持ちの悪いやつだな。
普段と違うこのラッシュガード姿に密かにずっと発情していたのか?」
言いながらユサギは、ぴったりと体に密着したラッシュガードの胸元を、トールから隠すように片腕で覆う。
「はぁ!?
何を言ってるんですか、この非常事態に!
わけわかんないこと言ってないで早くこの状況を解決しましょうよ!」
「そんなことはわかっている。
だからさっきからずっと美島君に緊急救難信号を送っているのだが、なぜか返信が無い。
グゥラの調子が良くないのかな」
と、ユサギは丸太の上に片手で保持し続けている、金属管やらボタンやらランプやら蓋やらがごちゃごちゃと全体を覆っている、立方体の機械装置を撫で、
「他はちゃんと動いてるんだ。
とりあえず海水がしょっぱいってことと、手作りのイカダは壊れやすいということは学習したようだしな」
グゥラなる機械装置の液晶画面に触れてステータスを確かめる。
「そんなことをわざわざ学習させる意味あるんですか。
だいたいなんで手作りのイカダでこの実験をやろうと思ったんですか。
イカダに結んでた距離測定用のロープも全部流されちゃいましたし」
「いや、まぁ、メインのテーマは確かに、
『砂浜に立ってる時に見える水平線までの距離はだいたい四キロぐらい、というのを実際に確かめてみる』
というものだったが、裏テーマとして、
『漫画みたいな手作りのイカダは本当に船として機能するのかを実際に確かめてみる』
というのもあったのだよ」
などとしたり顔でうなずいているユサギに、
「そういうのはまず近所の池とかそういう所で実験して下さいよ……。
なんで最初からいきなりラスボスたる大海原に出航しちゃうんですか」
トールは大きなため息をついた。
「理論的には問題無かったんだよ。
ただ恐らくは多少の技術不足と、安物のロープでは固定強度が足りなかったという想定外の現象が発生してしまっただけでな」
「だからそれを確かめるための実験が先に必要だったんでしょうが!
あぁもう、美島さんたち、どうにか気付いてくれないのかなぁ。
こっちからは見えてるのに、あっちから僕らのことは見えないんですかねぇ」
トールが恨めしそうに水平線の辺りに浮かぶ一艘の中型クルーザーを見やった。
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