二.

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二.

そのクルーザーでは、麦わら帽子とサングラスにアロハシャツ姿の中年男性が操舵室(そうだしつ)で居眠りをしていた。 「お父さん、寝たりしてていいの?」 リゾート水着に、男性と同じく麦わら帽子とサングラスにアロハシャツをまとった十代半ばと見られる女子が、甲板のビーチチェアに寝そべったまま(たず)ねると、 「んん……? ……あぁ、もう一時間も経ってるのか。 しかし四キロを手漕(てこ)ぎのイカダで進むわけだろ? そしたら徒歩より(はる)かに遅いだろうし、まだ半分も来てないんじゃないのか」 目を覚ました中年があくび混じりに答える。 恐らくこの中年がユサギとトールの言う美島という者だろう。 「でも途中で何かあるかも知れないじゃない」 「その時はグゥラから救難信号が来ることになってるんだよ。 そんなのは……来てないな。 それより香里奈(かりな)真奈(まな)はどこに行った?」 「真奈なら後ろで『わらしべ長者釣り』をやってるよ」 「『わらしべ長者釣り』?」 美島が操舵室から半身を乗り出し船体後部のデッキを確認すると、スクール水着に、麦わら帽子とサングラスにアロハシャツを(まと)った幼女が、船に固定された大きな釣り竿を無表情に握っていた。 「なんかね、まずは陸で拾ってきたフナムシ的なものを餌に小魚を釣るの。 そしたら今度はその小魚を餌に大型の魚を釣って、って感じで、最終的にマグロかサメかシャチを釣ったら勝ちなんだって」 「マグロにサメにシャチねぇ……。 この辺りにそんなものいるのかね。 だいたい真奈の腕力じゃ釣り上げられないだろうに」 「そこは文明を使うって言ってたよ。 ほら、ユサギ先生の趣味で後部デッキに無理矢理な大型のウィンチ付いてるじゃん。 水中銃(スピアガン)もあるし」 「いや、そんなの真奈にはまだ早いだろう、危ないな」 「大丈夫よ、さっき一通り試してたけど『特に問題無い』って言ってたし」 「そうなのか? は、は、は、そうかそうか! さすが真奈だな、やはり天才だ!」 「親馬鹿ね」 嬉しそうに大きな一眼レフカメラで真奈の後ろ姿を連射し始めた美島に、香里奈がため息をつきながらサングラスをずらし、 「それにしても、本当に放っておいてもいいのかな。 あんな遊び半分のイカダで、とてもじゃないけどここまで辿(たど)り着けるとは思えないんだけど……」 とユサギたちが出発した方角を横目に見るが、小さなイカダの姿なんか肉眼で見付けられるはず無いか、とすぐに視線を戻す。 「まぁあの二人ならたいがい何が起きても大丈夫でしょ。 若干残念なところはあるけど曲がりなりにも天才科学者と天才心理学者なんだし……って、心理学者は海の上では何の役にも立たないか。 まぁ遭難した時に周りを落ち着かせるぐらいのことはできるのかな。 よくわかんないけど」 一人つぶやき、 「おぉ!? もう釣れてるじゃないか!! それは何だ!? イナダか? カンパチか? それをまた餌にするってのか!? もったいないな! でも仕方無いな! 真奈のやることだもんな! ははは! きっとマグロでもサメでもシャチでも何でも釣れるぞ!! はははは!!」 後部デッキに向かって大きなはしゃぎ声を上げ始めた美島にため息をつきつつ、かたわらに置かれたトロピカルジュースを手に取ると、ストローを口に(ふく)んだ。
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