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三.
「こうなってくるとアレだな」
「なんですか」
ふいのユサギのつぶやきに、ただ流されて丸太にしがみついているだけでも意外に体力を消耗するな、と先行きに不安を感じ始めながらトールが答える。
「潮流次第、美島君次第ではあるが、あの美島君ではアテにならんし、長期戦も覚悟しつつあるのだが……」
「えぇ?
あぁ、いや……でもやっぱりそうなってしまうんですかねぇ……」
「うむ。
それで私はとりあえず食料のことを考えているのだが」
「食料っていうか、いちばん必要なのは水だと思うんですけど」
大量にあるこの海水がそのままではとても飲めないことに、また悔しげな表情のトールだったが、ユサギは、
「偶然手元にあるこのドライ梅干しなど、到底腹を満たせそうに無い」
トールの言葉を聞き流し、どこからともなく小さなパッケージを取り出して言う。
「どこに隠し持ってたんですか。
っていうかこの状況でどんだけ塩分取る気ですか。いっそ今すぐ捨てたらいいですよ」
「そうだな、魚介類をおびき寄せる餌にすらなりそうも無いからな。
だが海を汚すわけにはいかないから、これはこれでいったんグゥラに食わせるとしてだ」
言いながら丸太の上の機械装置を操作すると大きな蓋の一つがスライドして開き、ユサギはそこへパッケージごとドライ梅干しを放り込む。
がしゃがしゃという金属的な動作音が響き、グゥラの液晶画面にパッケージや梅干しの成分組成と共に、
「まぁまぁ美味い」
という一文が表示された。
「お前は好き嫌いが無くてうらやましいな。
私の方は今、もしかすると重篤なアレルギーや、単純に不味くて壮絶な嘔吐に襲われかねない、重大な決断に迫られているというのにな」
グゥラを撫でながら言うユサギに、
「何ですか?
まさかこの丸太を食べるつもりですか?」
トールが首をかしげると、
「いや、人間にセルロースの消化は不可能だ。
ゆえに私はとりあえず、一秒でも長くお前より生存してお前の死体を食おうと思っているのだが、どうだろう」
「は……?
いや、何が『どうだろう』なのかさっぱりわかりませんけど……。
何を急に途中経過を全部すっ飛ばした極限状態の話をしてるんですか」
「腹減ってきたなぁ。
早く死なないかなぁ、お前」
「いやいや、怖いですって!
二人で一緒に生還しようとか、そういう発想は出てこないんですか!?」
トールを見詰めてじゅるりと舌なめずりなどしているユサギの真顔に、トールが思わず声を上げる。
「なんだ?
お前まさか、こういう状況だから二人で抱き合って温め合って生き延びよう、みたいなことを考えているのではあるまいな?
気持ちの悪いやつだ。
お前はまさかこの状況下でもさっきからずっと発情しっぱなしなのか?
そういうやつだったのか?
だったらなおのこと、その脅威からも身を守るためにお前には早めに死んでもらわねばならん。
どうだ?
そろそろ死にそうか?
早くしてくれ、ちょっと本気で腹も減ってきた」
「だから怖いしわけのわからない濡れ衣を着せるのやめて下さい!
いつ僕がそんなこと言ったんですか!
人を異常性欲者みたいに言わないで下さいよ!」
「あ、新たな案を思い付いたぞ。
この方法ならお前も死なずに済むな。
なんなら二人とも腹もいっぱいになれる可能性がある。
お前は多少身体の一部を失うが、生き延びるためなら構わないよな?」
「構いますよ!
でも本当にそれしか方法が無いというなら、まずは僕のどの部位をどうするつもりなのかぐらい教えて頂けませんかね!?」
「うむ、よく聞け。
まずはお前の足の指か何かを引っこ抜いて、サメ的な肉食魚類をおびき寄せるんだ。
そしたらお前は、捕らえたサメの捌き方だけを考えておけばいい」
「いやいやいや!
意味わかりませんって!
ちょっと!
何潜ってんですか……って、痛っ!
やめて下さい!
ちょっと!?」
ふいに潜水したユサギがトールの足の指を思うさま引っ張ったが、すぐにあきらめて水上に顔を出した。
「ちっ……。
グゥラ、意外と人間の足の指は頑丈なようだ」
「何を学習させてんですか!
……って……あれ?」
憎々しげにトールをにらみながらグゥラに向かってささやくユサギにツッコミつつ、ふと、トールはその向こう、沖の方角から、三角形をしたあからさまにそれとわかる黒い影が猛烈な勢いで近付いてくるのを確認した。
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