第一章 その瞳をしっかりと見た

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 ロキとNo168はしばらく廃墟のビル街を歩いていた。辺りはもう日が落ちていた。夏とはいえ、温暖化のない現在では肌寒くなってくる。肩を少しすぼめる。自分より頭一つ分は違うNo168をちらりと見る。暗くて表情はしっかりと確認できないが、相変わらず何を考えているのかわからない無表情のままだった。  ロキはポケットから電子方位端末を取り出した。あと2Kmくらいで補給地区に辿り着けそうだ。辺りを見渡し、ちょうど良さそうな小さなテナントのような建物を見つけた。おそらく、戦闘地区であるこの廃墟でも電気が通っている建物だろう。 「あそこで一休みしたらどう? この先はもう補給地区になるから、君はもう入ることができないし、あそこなら電気も通ってる。だから何かしらで仲間に連絡するといいよ」  言って、よいしょ、とNo168を抱えなおし、そのテナントへと進んだ。もうすっかり夜の帳が落ちていて、なかなか周りをはっきりとみることが出来ない。なるべくNo168に負担のないよう、慎重に歩を進めた。  テナントは一階建ての作りで、ガラス張りの扉は思った通り、その場に立つと、ウインドウが開いた。自動ドアだ。ちゃんと電気が通っていることを確認出来た。安心して中に入ると、扉の付近を空いている手で触る。すると、スイッチを発見した。そのスイッチを押すと、ジジジという電子音が鳴って、明かりが点いた。  そっと壁際にNo168を座らせ、ロキはしばらく同じ姿勢をしていたから軽くストレッチをして身体をほぐした。 「じゃあ、俺はこれで先に進むから。早く仲間に会えると良いね」  言って、微笑むと、No168はじいっとロキの顔を見て離さなかった。長い白い髪。潤んだ青い双眸。白い肌。……白い?  ロキは今まで暗かったから見えなかったが、自分が巻いてやった包帯が真っ赤に染まっていた。血止めが切れたようだ。No168の顔を見るとたしかにどこか会ったときよりも、白いというより青白くなっているような気がした。 「君……このままじゃ本当に死んでしまうよ! 銃創がきっと開いたんだ。そりゃそうだよな、銃弾取り除いていないんだから! ああ、もう! どうしたら……! ねえ、君、どうにか仲間に連絡取る方法ないの? 嫌だぞ、俺の目の前でビーナスといえども死を見るのは……!」  もう死体なんか見たくないロキは、半ばパニックに陥ってしまった。  とにかく、今できることをしようと、No168に巻いてあった包帯を取り、傷口を見た。やはり、血が大量に出ていた。鞄から血止めを取り出し、塗り込む。しかし、その甲斐なくして、血は流れる。動脈を探し、そこを圧迫してみる。少し止まったような気はする。でも、手を放したら同じことだ。  ロキはただただ黙っているNo168に苛立ちを覚えた。 「ねえ、君、なんとか言ってよ! 本当に死んじゃうかもしれないんだよ!?」  声を荒げると、No168は、右目の辺りをコツコツと叩いた。それから、 「つ、う、し、ん」  と、零した。通信と云われ、サーマルセンサー装置は通信機にもなっていたのかと、ロキは理解した。そうだとすると、No168の通信機はさっきの賊に壊されてしまっている。つまり、仲間を呼ぶこともできないということだ。  ロキは、はあっ、と思いきり息を吸った。落ち着け、何か方法があるかもしれないと、考えを巡らす。目の前のNo168はどことなく呼吸が熱い。止血していた手を一時的に放し、額に手を当ててみる。すると手に熱い温度が伝わった。それも結構な熱さだ。今までは外気が暖かかったから全く気にすることもなかったが、No168は発熱まで起こしていた。  このままじゃ、保ってあと一時間あるかどうかだ。ロキは医療の知識はほとんどないからわからない。ロキはもう一度動脈を抑え、考えを巡らせた。補給地区に行けば医者はいる。だからその医者にさえ診せればこの子は助かる。でも、補給地区にビーナスを入れることはできない。もし入れてしまったら、ビーナスを排除されるのもそうだが、ロキ自身が補給地区の管理者に処刑されてしまう。 「どうしたら、どうしたら……!」  そのときだった。ビービービーと腰にあるサーマルセンサー探知機の音が響いた。 「なんだよ! こんなときにビーナスのお出ましかよ! くそ!」  慌てて、壁にある電気のスイッチを切った。ここはガラス張りのテナントだ。どうしてもサーマルセンサーを掻い潜るには困難だ。自分だけ、このまま走って補給地区にさえ入ればもう追われる心配はなくなる。が、この子はどうなるのかと、考えがまとまらない危機状況でなんとか頭を捻る。 ふと、その中で置いていけば仲間が助けてくれるのかと思った。置いていけば仲間だと外見で分かって助けてくれるんじゃないかと。  ロキはごくりと生唾を飲み込み、 「ねえ、君。もうすぐ仲間が人を探しに迫ってくる。君の仲間だ。ビーナスだ。だからその子に助けを求めるんだ。いい? できるか?」  それしかないとロキは思った。ロキはじっとNo168を見て言う。すると、No168は、何を言われているのかわからない、といったふうに、ぼんやりしていた。……拉致があかない。とりあえず、包帯を止血していた部分に巻き付けてやると、ロキは素早く立ち上がった。心が痛むが仕方ない。これが最善策だと自分を言い聞かす。自分自身も捕まってしまうわけにはいかないと立ち上がった。 「じゃあ、俺は行くから。無事を祈ってる」  言って、走り出そうとした。瞬間、ロキの足にNo168ががばりとしがみ付いてきた。 「あ、う。あ、う!」  初めて見せたNo168の悲痛な声。こんな怪我をしているのに何故こんな力が出るのか不思議なくらいにしがみ付いて離さない。ロキは、その場で身体を地面に伏せる格好になってしまった。 「お、おい! ちょっと、ダメだって言ってるだろう!? もうすぐ君の仲間が来るんだ!! そうしたら俺は殺されてしまうんだ、わかるだろ!?」  言って、手を放させようとするも、「あ、う! あ、う!」と、何度も表情は変えずに叫び続けるNo168。腕と足を見ると、新しい包帯に血が滲み始めている。ロキはそれを見て、心臓が抉りだされる気持ちになった。 「くっそおおおお!!」  ロキは、その場でNo168を両手に抱きかかえて、外へと駆け出した。
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