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第一章 その瞳をしっかりと見た
「はあっ、はあっ、はあっ……!」
ロキは湿った廃屋の陰にとっさに隠れた。額に滲んだ汗と、身体が脂でベトベトする。これは一週間もまともにシャワーを浴びていないせいだけじゃない。すぐそばにいる冷酷な沈んだ眼のビーナスのせいだ。
この廃屋に逃げ込むまで、あのビーナスからもう三時間は逃げ続けている。荒い息を整えるも、すぐに止まりそうにない。口を腕で封じた。漏れる吐息はものすごく熱を帯びている。
そっと、廃屋の壊れている壁の隙間からあのビーナスの様子を窺った。
……いる。
姿はやっと目視できる場所くらい離れてはいるが、このままでは力尽きてビーナスに見つかるのも時間の問題だ。ロキは、砂埃をかぶるのをかまわず、なるべく目線を落とす。それから腰につけている弾薬に火を点けた。爆薬はもうあとこれを残すだけだ。チャンスはこれ一回きり。
ロキは思いきり放射線状に高くビーナス目掛けて爆薬を飛ばした。チチチと火が青い空をちらついていく。瞬間、数メートル先でその爆薬がはじけ飛んだ。地鳴りのような轟音とともに、土埃が巻き上がる。
――今だ!
ロキは走った。ありったけの力を出し切って、荒んだこの廃墟を駆ける。補充地区に行くまでまだ距離はある。とにかく、この目の前の一体のビーナスは躱すことはできそうだ。後ろを時折見てみるが、ビーナスが追ってくるような気配はない。ロキは汗だか涙だかわからない雫と汚れた服をこすり合わせながら、とにかく走った。
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