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いつの間に現れたのか全く分からない。
音もなく、気配もなく。
まるで最初からそこに居たかのようだ。
「ま、まさか死んで……はいないみたいだな」
時折、身体が時折小さく動いていることからどうやら生きているらしい。
年齢は自分より少し下くらいだろうか。
「何だよこれ。とりあえず救急車呼べば良いのか?」
周りを見渡しても他に人の姿はない。
当然だ。
平日の昼間、しかも普段から人通りも少ない場所である。
道に迷ったか目的を持った者でもない限り、立ち寄ることはまずない。
「えーっと……そこか」
蓮が落としたスマホに手を伸ばした瞬間、女性がピクリと反応する。
「いたた……みんな、無事ですか……?」
黒縁眼鏡の奥にある、ややつり上がった瞳と目が合った。
さらに、手にはスマホとは明らかに違う、柔らかな感触がある。
「きっ──」
あ、これヤバイかもしれない。
脳裏で、急速に危険を知らせるランプが点滅を始めた。
「きゃあーっ」
鋭い一閃が顔を凪ぎ、晴れ晴れとした陽気の下で空砲さながらの高らかな音が鳴った。
「な、何をしてるんですか!あなた、誰ですか!?」
胸の前で腕を交差し、真っ赤な顔をしている女性。
うっすらと涙すら浮かんでいるが、強烈な一撃を食らった蓮にはまるで見えていない。
「いや、待ってくれ。違う、誤解だ」
頬を押さえながら向き合う蓮。
まるで、浮気がばれた現場で誤魔化すような言葉が出てくる。
「何が違うんですか!わ、私の身体に触れておきながら開き直るつもりですか!」
女の反論で、より生々しさが帯びてくる。
「そうじゃない、俺はただそこに落としたスマホを拾おうと──」
「その変なモノで私のことをどうするつもりだったのですか!?」
「いや、それ変なモノっていうかただのスマホ──」
「知りません!あなたが行ったことは重罪です、極刑ものです!」
発言は悉く遮られ、彼女の怒りで話は苛烈になってゆく。
蓮の頭の中では、まもなく許容オーバーの警告文が発令されようとしていた。
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