第一章 天気雨の心

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 あの女との浮気のきっかけも、一人の部屋が寂しかったからだ。電話を掛ければ、家族や弥生(みお)の声は聞ける。でも、姿が見えない状態での会話は、想像以上に寂しさを(つの)らせた。  電話を終わらせて感じる、言いようのない孤独感。健司はその寂しさを我慢できなかった。  会社の飲み会に参加した時、あの女も来ていた。  〝鈴木くん、会社慣れた?〟  二年先輩だったので、健司は敬語だったが、酔いが進むと普通の口調になっていった。  二次会をどうしようと迷う健司に、あの女はささやいてきた。  〝ちょっと酔っちゃった。鈴木くんの部屋で休ませて〟  今なら、それが健司を狙った、あの女の手口と分かるが、酔った彼には分からなかった。部屋に一人で帰らなくて済む。その感情だけで、そのままタクシーでアパートに向かった……  総務部だった、あの女は、健司が独り暮らしと知っていたのだろう。そして、東京出身でもないのに本社勤務。新入社員なら、あの女の悪評も知らない。すべてが好都合だった。  悔やんでも何も変わらない。遠距離恋愛を甘く見た自分が悪い程度は理解している。
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