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手の平を見ると必ず思い出す女がいる。
もう遠い遠い昔、辺境の星に降り立った時に出逢った女のことだ。
あの時の俺は機体を失い、両腕と両足が損壊し、不時着した星で戸惑っていた。
何故か女は俺を匿ってくれた。
俺に食事を取らせようとしたり、親身になってくれた。
それがどういう理由によるものかは、帰ってから内蔵されたメモリーを博士に解析してもらい、彼女の言っていた言葉を理解できるようになった今でもよくわからない。
今なら全ての女の質問に答えることができる。
俺はラー・アー船団帝国軍事同盟軍所属、階級は中尉。
サイボーグで年は十四歳。
名前はエリ・エマ。
腕は自動修復機能で直る。
痛くはない。
お前の言葉は今はわかる。
コクピットでメモリーを再生するたびに、黒髪の女に大丈夫だと言ってやりたくなる。
何故こんなにも女は俺に必死で何かをしてやりたいと思っていてくれたのだろう?
俺と女は初対面だった。
女は俺に何の恩もないはずだった。
そうだ、女ではなかった。
ミナミセナ。
女はそう名乗っていた。
年は同じ。
母親がずっと酒ばかり飲んでいると言っていた。
俺は母を知らないのでよくわからないが、博士に言わせるとそれはとても気の毒な事らしい。
そうだ、漫画は面白い。
登場人物が何を言っているのかわからなかったが面白かった。
博士のおかげでセリフがわかるようになるとさらに面白くなった。
ミナミセナ、お前が好きだと言っていた水たまりの中から双子の敵が出てくるシーンも今はわかるぞ。
長い髪のヒロインが涙を流していた理由も、その彼女を感情を出さないように必死で突っぱねていた主人公じゃない目つきの悪い男の気持ちも。
ミナミセナ。
お前の星では人間は皆機械の身体じゃないので、二十年も身体を使えば身体は自然に老朽化していくそうだから、お前ももう朽ち果ててしまっただろうか。
そうじゃないことを願っている。
あの日お前が俺の手を取ってくれたら、俺はお前を連れて帰ろうと思っていた。
お前はそんなに幸福そうに見えなかったし、俺なりにお前の恩に報いたいと思ったりもしていた。
そしてつい手を伸ばした。
でも、今は連れて帰らなくて良かったと思う。
戦争はずっと続いている。
全てが帝国の物になるまでこれが続くだろう。
お前のいた星の少なくともお前が住んでいた町にはそんな終わりのない影は何処にもなかった。
母親とのことは辛いかもしれないが、漫画にもあったな。
終わらないものなど何もないと。
ミナミセナの世界はそうなんだな。
終わることができる世界というのは恐らく素晴らしいものだ。
出口は見当たらない。
どれだけ殺せば終わるのかもわからない。
だから時々手の平を見る。
そしてミナミセナ、お前に話しかける。
あの漫画の続きはどうなったんだ?
あの主人公ではない目つきの悪い男と、長い髪のヒロインは上手くいったのか?
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