吊り師かく語りき

1/3
前へ
/4ページ
次へ

吊り師かく語りき

『アレ』を見たのは私が10歳になる年の秋の入り口くらいの頃でした。 図画工作の授業で自然にあるものを使って作品を作ることになり、私は落ち葉や団栗、木の枝を求め、家から少しだけ離れた所にある山に入りました。 と言っても大した山ではなく、子供の足でも10分とかからずに頂上に辿り着けるような小さな山です。頂上は少し開けており、そこからは当時私が住んでいた町の景色を望めました。私は久々にそれを眺望してみたくなったのです。 私は目星い枝や落ち葉を探しながら、頂上を目指して凸凹した山道を歩き出しました。 先程私が入った山は子供の足でも10分程度で登れると言いましたが、その時分は足元をきょろきょろしながら登山していたのでいつもより牛歩でした。 加えてその日はやけに日が傾くのが早く、お陰で私が山の天辺に着く頃にはすっかり辺りは黄昏ていました。 私は枝や団栗が入ったビニール袋をマラカスのようにシャカシャカ振って、「やれ遅くなっちまったなぁ」と独りごちながら日が沈みかけの西の空を見ようと広場を突っ切りました。 その時でした。 橙色に染まる空を、黒い垂れ幕のようなものが割っているのです。 いつもだったら丁度開けた木々が額縁のように空や町を切り取って一枚の絵画のようにしてくれるのに、その邪魔な垂れ幕のせいでまるで絵に墨で線を引いたような台無しっぷりでした。 垂れ幕はどうやら西側の木にぶら下がっているようです。西日で逆光になっていて、何なのかよくわかりません。私はその正体を確かめるべく近づきました。そして、吃驚しました。 貴方も大体想像がつくでしょう。そうです。死体だったんです。 私が散々風景の邪魔だなんて罵っていたのは若い女性の亡骸だったんです。 驚きましたよ。当時は人の死体なんて子供も子供、4歳だか5歳だかに祖父の葬式で一度見たっきりでしたからね。しかもその祖父も、葬式屋の方にきちんと死装束やら清拭やらを都合してもらったので、死んでいるというより眠っているように見えたのを覚えています。 ですがその垂れ幕は違いました。木に括り付けた紐がぎゅうっと首にめり込んでいて、見ているだけで痛々しかったです。首も生ある人間では有り得ないくらい伸びているんです。あぁ、日数が経って腐りかけているとかじゃないですよ?縊死ってのは存外首が伸びるものなんです。首と言うか……皮膚が。骨が砕けるような縊死の仕方ではもっと伸びます。 それはそうですよね、人体において頭の重さが占める割合は約10パーセント。残りの約90パーセントを首で支えるんですから。そう考えると妖怪のろくろ首のイメージは、もしかしたら縊死した人の見た目から生まれたものなのかもしれないですね。 ……話が逸れてしまいました。ともかく私はその垂れ幕に驚きながらも、今話したような詳細な説明が出来るほどには彼女を観察したのです。 服装は……落下傘スタイルと言うんでしたっけね。今風に言うならワンピース。腰のあたりでベルトを締めた、深い紺色の服でした。 彼女の顔はすごく整っていました。本当に、アイドル番組に出ていてもおかしくない程に。まあ、その当時のアイドル番組になら、ですけどね。ネットで『昭和 美人』とか調べたら出てくるような顔だと想像してください。 その整った目鼻立ちが西日に照らされて、右の顔は橙色に、左の顔は真っ黒に塗りつぶされているんです。 正に絵画でしたよ。黒と橙色だけで描いた美しい絵画。私は見蕩れてしまいました。全方向から嘗め回すようにそれを見つめ、ある時は近くから細部を、ある時は遠くから全体を眺めました。 当時はそんなもの無かったですが、今のようにスマートフォンで簡単に写真が撮れるならば、きっと私は写真を撮影していたと思います。下品な話ですが、死者に対する配慮より自身の感情を優先していたでしょうから。 そんな風に彼女を観察していたら、辺りの闇が一層深くなっていることに気が付きました。夕日が沈むのがあれほど惜しかった日は有りません。 私は最後、彼女の姿を目に焼き付けようと薄闇の中に目を凝らしました。しかし残念ながら、私が最初に見た絵画のようなあの画はもうありませんでした。 仕方がない、思い出の中の彼女を反芻しよう。そう諦めて私は踵を返しました。しかし、そこで気が付いたのです。彼女は絵画のような美しさですが、決してイラストではないと。 確かに夕闇の中に揺れる彼女の美しさはもう見ることができません。黒と橙のコントラストも。しかしながら彼女単体ならば、まだ感じ取れると気が付いたのです。 私は再び彼女の足元に戻りました。そして図画工作の材料が入ったビニール袋の中身を掻き出すと、そこに手を突っ込みました。そして、ビニール越しに彼女に触れたのです。 決して下心があったのではありません。事実私は彼女を綺麗だなとは思いましたが欲情はしませんでした。下心があったならばビニール袋を手袋代わりになんてしないでしょう?私は高尚な美術品を扱う時のように、素手ではいけないと思ったからそうしたのです。ネクロフィリアでは無いのですよ、私は。 ビニール袋と彼女が身に纏う服越しに、冷たく強張った肉を感じ取りました。その冷たさはまるで石の彫刻のようでしたが、しかしながら微かに残る弾性が、彼女が確かに人間であったことを裏付けていたのです。 その時頬に痒みを感じました。虫にでも刺されたかと触ってみると、私の頬は濡れていました。気付かぬうちに泣いていたようです。私の頬をくすぐったのは流れ落ちる涙でした。感動して泣いたのはあれが人生で初めてでした。 それから私は足元にぶちまけた図画工作の材料をまたビニール袋に戻し、彼女にお辞儀をしてそこを立ち去りました。 え、なんでお辞儀をしたかですって?そりゃあ、感謝ですよ感謝。大変美しいものを見せて頂き有り難う御座います、とね。彼女がそこで亡くならなければ私はあの感動を知ることはありませんでしたから。 それならば降ろしてやるくらいの優しさを見せろ、と?嫌ですよそんなの。だって、誰も気が付かなかったらもう一度あの光景が見れるかも知れないじゃないですか。わざわざ降ろすなんて勿体無いこと出来ませんよ。
/4ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加