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いや別に私は模倣犯を意図的に増やそうとはしていないですよ。私の作品や、模倣犯の作品を見て感銘を受けた人が自発的に吊り師になっているだけです。
それに、作品を見たからと言って誰も彼もが縊死の美しさに気が付く訳ではないのです。それはそうじゃないですか。見た人が全員諸手を挙げて称賛する美術品を見たり聞いたことがありますか?世界的な画家や彫刻家の作品が何処であろうと構わず並べられますか?違うでしょう。作品の良さが響く人、場所と言うものがあるのです。
そうそう、だから私が吊り師になったきっかけのあの作品もそうですよ。あの作品も『私』が、『夕闇の中』見たから響いたのです。結局あの作品はもう翌日くらいには発見され回収されてしまいましたが、その時に立ち会った人には響かなかった様でしたから。暫く首吊り事件は起こりませんでしたからね。
だから私もこれ迄に36体の作品を作りましたが、私の作品を見て吊り師になった、謂わば直系の弟子は先程申した先生を含めて6人程です。残りの人は会ったことが無いのです。
え?作ったのは35体の間違いだろって?いやいや、間違えていませんよ。私が作ったのは36体です。
ついこないだ老体に鞭打ち張り切りましてね、しかしながらその甲斐あって私の中で最も良い作品になったと言っても過言ではありませんよ。
ところで……ずっと考えていたことがあったんです。聞いて頂けますか?
私が初めて見た縊死。彼女は恐らく他殺でした。私のように、縊死の美しさに魅せられた者の手にかかったのでしょう。でなければあんな風にロケーションを意識した配置になりません。
しかしながら先程も申した様に、それから暫く町内では他殺らしき縊死は起きなかったのです。おかしいと思いませんか?私達のような人種が、創作活動を我慢できるとは思えない。それがずっと疑問でした。
しかし、この歳になって思いついたのです。あの作品は、先代の吊り師の最後の作品だったのではないかと。だからあんなにも素晴らしい作品だったのではないかと。
私は数多の作品を作りましたが、どうにも響く人は作品の材料……吊られた人の親類ばかりなのです。それに申したように、誰も彼もが美しさに気付くわけではありません。他人など、以ての外です。
しかしながら、私は全く知らない女性の遺体に感銘を受け吊り師を目指しました。何故でしょうか。
それは恐らく、それ程までにあの作品にかけられた情熱が凄まじかったのでしょう。何体もの作品を作ってきた吊り師が、有終の美を飾るために心血を注いで作り上げた作品。それが彼女だったのでしょう。そう考えれば以降他殺の可能性がある縊死が起きなかったことにも頷けます。
え?なんで急にそんな話をするんだって?
ふふ、何故でしょうね……。
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