クリスマスの落とし物

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 ……それが人に物を頼む態度か? 私は呆れながら聞いた。 「……デートに行くために、お金を借りたいのか?」 「そうだよ。交番ってお金貸してくれるんだろ」平然と言いやがる。 「……貸すこともあるが、そういう目的じゃ駄目だ。家に帰ってお金を取ってきなさい」  確かに交番ではお金を貸すことがある。しかし、それは家に帰ることが難しい――まさに今日のような悪天候で、帰宅が困難になった人に貸し出している救済措置だ。デートに行く用途で渡してはいない。  常識を伝えたつもりなのだが、男子学生は顔を真っ赤にして吠えた。 「えー! なんでだよ! 困ってるんだから貸してくれたっていいだろ!」 「お金を貸すのはあくまで帰宅できない人のみだ。君は……この住所からすると、そう遠くないじゃないか。一度家に帰ってお金を取ってくるんだ」 「それじゃ間に合わないんだって! デートなの! なんで貸してくれないんだよ、一万くらい、いいだろ!」 「だから、それは帰宅ができない人に限って貸してるんだ。それに貸せても千円程度だ」 「なんでだよ! こっちは困ってるって言ってるんだよ! お巡りさんがそれでいいのかよ!」  ……頭痛がしてきた。  昨夜から奇跡的に事件がなかったから、反動で大きな事件が起こるのではないかと危ぶんではいたが……。まさか当直交代の直前で、こんなとびっきりの厄介事がやってくるとは。  今日は早く帰れると思ったんだがなあ……。  警察官になってから、非番とクリスマスイブが重なるのははじめてのことだった。地域警察官は三交代制で、勤務と休みが厳粛に決められている。特別な日に休みを合わせるのは難しいのだ。  娘の弥生とは十歳になるまでずっと一緒にクリスマスイブを過ごしてあげられなかった。それでも優しい弥生は、毎年、一緒にいられなくても笑って仕事に送り出してくれていた。理解してくれていると思っていた。それが間違いと気づいたのは、後になって妻から、寂しさで泣いていたと聞いたときだ。辛くて私まで泣いてしまった。だから今年こそは一緒に過ごせると思っていたんだ……。サンタ役をやってあげられると思っていたんだけどなあ……。 「なあ、お巡りさん頼むよー、一万でいいんだよー」 「だから、ルールで貸せない決まりになってるんだ」    堂々巡りを続けていると、不満をぐちぐち呟く男子学生の背後に、娘と同い年くらいの、髪をゴムで結った女の子がひょっこり顔を覗かせた。女の子は不安そうな目をしていたが、私と目が合うとほっとしたような年相応の可愛らしい笑顔を見せた。 「お巡りさーん、あのね、落とし物ひろったの」 「ああ、ありがとうね」  なんとも有難迷惑。まさか、また交代前に仕事が増えるとは。でも無下には追い返せない。 「ごめんね。このお兄さんの後に話を聞くからね」  女の子は寒さで頬も手も赤くなっていた。先に話を聞いてあげたいが、それでも順番は守らないといけない。警察官が贔屓するわけにはいかない。 「入口は寒いからこっちの椅子に座って待っててね」 「うん、わかったー!」  女の子は寒さなんて感じさせない屈託のない笑顔で、素直にストーブの前の椅子に座ってくれた。足をぶらぶらと動かし、興味深そうに交番内を眺めている。  一方、男子学生の方は女の子の登場で気を削がれる――ということはなくて、借金の要求を続けた。 「ねえ、お巡りさん、お金貸してくれたっていいじゃんかよ。たった一万だぜ?」 「だから、何度も言うように、交番ではデートに行くなんて理由でお金を貸し出すことはしてないんだ」 「それってひどくないか? お巡りさんって市民のためにいるんだろ。市民が困ってるって言ってるのに助けてくれないのかよ!」 「そうは言ってもなあ……」  誰かこいつをどうにかしてくれ……。  ほとほと困っていると、男子学生がスマホを取り出して叫んだ。 「金貸さないって言うんだったら、わかったよ。こんなひでーお巡りさんがいたってツイートするからな!」
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