クリスマスの落とし物

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 神様とはどうやらおせっかいなものらしい。  彼らの居場所が常に神社や教会にあると考えていると大間違いのようだ。  彼らは本質的に自由で、だからこそ過ちを戒めるためならば、テリトリーをふらっと抜け出して、こちらが頼んでもいないのにちょっかいを出してくる。  神様の真実に、私が気づいてしまったのは、クリスマスイブの日、大学生の男が交番に厄介事をもって飛び込んできたためだ。そのとき私は次の当直への引継ぎの報告書を書いていた。  挨拶もなしに交番の扉を開いた彼は、へらへら笑っていて、第一印象からするとあまり困ってなさそうだった。 「お巡りさーん、なんとかしてくれよー。俺、困っちゃってさー」 「どうした?」  喧嘩でもあったか。それとも盗みか。どちらにせよ、勤務は長引きそうだ。相談対応中は、次の当直に引き継げない。地域警察官のルールだ。もう業務終了と思っていたのに。私は不満を顔に出さないように気を付けながら、彼に丸椅子を勧めた。  外は、交通網が麻痺するほどの大雪が降っている。普段のいまごろは主婦や遊び歩く若い子たちの姿で賑わうバスロータリーも、いまは寒そうに肩をすくめてタクシーを待つスーツ姿のサラリーマンしか見当たらない。それでいて、彼は傘をさしていなかった。茶色に染めた頭も、モスグリーンのジャケットも雪が積もって白くなっている。  彼は、頭の雪より交番の方が珍しいようで、丸椅子に腰を下ろしてから、机の地域地図やアイドルの写った交通安全ポスターをしきりに気にしていた。  正直、面倒だなと思った。彼からは切迫感を感じられないのだ。普段交番を訪れる、本当に困っている人たちは、勧められても椅子に座ったりしない。まずは自分の困窮を訴えるものだ。  この男子学生は……本当に困っているのか? 交番に寄る用事はあるようだが……。困惑とともに、嫌な予感がしてきた。こういう輩は、たいてい厄介事しか持ってこない。  男子学生は椅子を揺らし、緊張感のない、へらへらした笑顔を浮かべて話し出した。 「俺さー、さっき一万円落としちゃったんだよ。どうにかなんないかなー」  案の定、ろくな苦情ではなかった。交番は便利屋ではないのだ。どうにもならない、と答えたいのをぐっとこらえる。 「どのへんで落としたかわかるかあ? 外で落としたのか? それとも建物の中か?」 「んー、ロータリーの方だったと思うんだけど……よくわかんね」 「……じゃあ、外なんだな」 「んー、たぶんね」  声に余裕がある。他人事のように聞こえる。落としたのは一万だぞ。いまどきの学生には、はした金の感覚なんだろうか? 理解できないと思いながら、私は机の引き出しから遺失届を引っ張り出した。 「それじゃ、こいつに必要事項を書いてくれ」 「書けばいいの? はいよー」  男子学生はペンを取って、大きさが不揃いの汚い字で名前を書いていった。 「でも、一万すぐ見つかるかなあ?」 「どうだろうなあ。この雪だからなあ」  外を覗いてみるが、やはり人通りは少ない。人待ちのため赤いテールランプを光らせている自家用車の方が多い。一万円札を誰かが見つけてくれる確率は万に一つもない気がする。 「お金は財布に入れていたのか?」 「裸でポケットに入れてた」 「だとすると、この雪だろ、すぐには見つからないかもなあ」  雪と同色の一万円札が通行人に気づかれるとは思えない。この大雪では雪中に埋もれて凍ってしまうほうが早いだろう。  男子学生が手を止めて、えーと悲鳴を上げた。上半身のうねうねした動きが、しゃくとり虫のようで気持ち悪い。 「それは困るよー。今日、クリスマスじゃん? 彼女とデートなんだよー。あの一万がないとプレゼントどころか移動だってできねえよー」  だったらなんで財布に入れてなかった? 私はため息が出そうになるのをぐっとこらえた。男子学生は遺失届を放り出し、スマートフォンをいじり出した。 「ちくしょー、あいつ絶対怒ってるよー。……あれまだ連絡きてない? 向こうも遅れてるんかな」 「そうか、よかったな。書類は書けたか?」 「んー、まだ。これ書くとこが多すぎるよ。――あ、そうだ!」  男子学生が妙案を思いついた、というような薄ら笑いを浮かべた。嫌な予感しかしない。  彼は身を乗り出し、仲のよい友人にねだるような口調でこう言った。 「ねえ、お巡りさん、一万貸してよ」
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