自販機横の少女

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 それから一週間。  自販機横の少女と、缶コーヒーを飲み終えるまで他愛のないおしゃべりをしてから家へ帰るのが、ぼくの日課になっていた—— 「——ってことはさ、子どもの頃から幽霊が見えてたってこと?」 「まあ、そうだね。あんたみたいに、はっきり見えるのは稀だけど」  少女の質問にこたえて、ぼくは缶コーヒーを一口飲んだ。 「へえ、すごい」 「で、なんか思い出した?」 「ぜんぜん」  少女が笑う。 「でもいいかな。いま楽しいし」 「幽霊なのにポジティブだね」 「まあ、もう死ぬこともないから」 「たしかに」  ふたりで笑った。 「あ。ほら、金木犀(きんもくせい)の花。もう咲き始めてるね」  言って、少女が公園のフェンス越しに並ぶ金木犀の生け垣を指さした。  少女に言われるまで、視界いっぱいにひろがる濃い黄色の花々にも、そのしつこいくらいに甘く香る匂いにも、まるで気がつかなかったことに気がついた。 「わたし、金木犀の匂いってけっこう好きなんだよね」 「匂いがきついから、ぼくはあまり好きじゃないけどな」 「この匂いがすると、もう秋なんだなって思わない?」 「うーん、今まであまり気にしたこともなかったけど」 「でもここって帰り道なんでしょ?」 「ここを通るようになったのは今年の春ごろからだから、金木犀があるってことすら知らなかったよ」 「へえ。でもなんでここを通るようになったわけ?」 「……理由は特にないかな。なんとなくだよ、なんとなく」 「そっか。でもそのお陰で坂井くんと会えたんだし、ラッキーだね、わたし」 「……」  少女の言葉に、なにもこたえることができなかった。 「もしかして金木犀を見たいっていうのが、わたしの未練だったのかも」 「え?」 「なんかさー、いますごい満足してるんだよね。なんでか分からないけど」 「そうなの?」 「そう」 「……ほんとにそうなら、よかったね。天国に行けるじゃん」 「うん。天国に行けるかはわからないけど」  言って、少女が笑った。 「行けるよ。たぶんあんたは、善い人だから」 「そうかなあ。なんでわかるの?」 「金木犀の匂いに気づける人は、善い人だよ」 「坂井くんは気づかなかったから、悪い人なわけ?」 「……うん。たぶん」  言うと、少女が哀しそうに微笑んだ。 「生きてるうちに出会えてたら、わたしたち友だちになれたかな?」 「たぶん……いや、もう友だちだよ。生きてるとか死んでるとか関係ない」 「……ありがとね」  感謝したいのはぼくのほうだ、とは言えなかった。 「じゃあ、今日はもう行くから」 「うん。また明日」 「……じゃあ」  また明日なんて軽々しく言えないまま、ぼくは歩きだした。
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