24人が本棚に入れています
本棚に追加
それから一週間。
自販機横の少女と、缶コーヒーを飲み終えるまで他愛のないおしゃべりをしてから家へ帰るのが、ぼくの日課になっていた——
「——ってことはさ、子どもの頃から幽霊が見えてたってこと?」
「まあ、そうだね。あんたみたいに、はっきり見えるのは稀だけど」
少女の質問にこたえて、ぼくは缶コーヒーを一口飲んだ。
「へえ、すごい」
「で、なんか思い出した?」
「ぜんぜん」
少女が笑う。
「でもいいかな。いま楽しいし」
「幽霊なのにポジティブだね」
「まあ、もう死ぬこともないから」
「たしかに」
ふたりで笑った。
「あ。ほら、金木犀の花。もう咲き始めてるね」
言って、少女が公園のフェンス越しに並ぶ金木犀の生け垣を指さした。
少女に言われるまで、視界いっぱいにひろがる濃い黄色の花々にも、そのしつこいくらいに甘く香る匂いにも、まるで気がつかなかったことに気がついた。
「わたし、金木犀の匂いってけっこう好きなんだよね」
「匂いがきついから、ぼくはあまり好きじゃないけどな」
「この匂いがすると、もう秋なんだなって思わない?」
「うーん、今まであまり気にしたこともなかったけど」
「でもここって帰り道なんでしょ?」
「ここを通るようになったのは今年の春ごろからだから、金木犀があるってことすら知らなかったよ」
「へえ。でもなんでここを通るようになったわけ?」
「……理由は特にないかな。なんとなくだよ、なんとなく」
「そっか。でもそのお陰で坂井くんと会えたんだし、ラッキーだね、わたし」
「……」
少女の言葉に、なにもこたえることができなかった。
「もしかして金木犀を見たいっていうのが、わたしの未練だったのかも」
「え?」
「なんかさー、いますごい満足してるんだよね。なんでか分からないけど」
「そうなの?」
「そう」
「……ほんとにそうなら、よかったね。天国に行けるじゃん」
「うん。天国に行けるかはわからないけど」
言って、少女が笑った。
「行けるよ。たぶんあんたは、善い人だから」
「そうかなあ。なんでわかるの?」
「金木犀の匂いに気づける人は、善い人だよ」
「坂井くんは気づかなかったから、悪い人なわけ?」
「……うん。たぶん」
言うと、少女が哀しそうに微笑んだ。
「生きてるうちに出会えてたら、わたしたち友だちになれたかな?」
「たぶん……いや、もう友だちだよ。生きてるとか死んでるとか関係ない」
「……ありがとね」
感謝したいのはぼくのほうだ、とは言えなかった。
「じゃあ、今日はもう行くから」
「うん。また明日」
「……じゃあ」
また明日なんて軽々しく言えないまま、ぼくは歩きだした。
最初のコメントを投稿しよう!