悪役令嬢の勘違

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悪役令嬢の勘違

うららかな木漏れ日、澄み渡る青空、やわらかく降り注ぐ太陽からの恵みを跳ね返すように白で統一された王宮の庭園の一角。 本日は春を祝う"白の日"だ。 招待客は白のドレスコードで集い、白にちなんだ贈り物を持ち寄り、白いケーキを並べ雨期が明けたことを祝う我が国の伝統行事である。 今回は私が主催するお茶会なので、私からの贈り物は"白い会場"だ。 白いテーブルクロスに、白銀のカトラリーが輝いた。 「ローズ様、このケーキをご覧くださいませ。白いケーキに鎮座する、この白い苺の実を! 我が領名産の苺を改良し、白い苺を作ることが出来ましたの。ローズ様の白薔薇にも譬えられる高貴さにあやかりまして、商品名は"ロージー"とお名前を頂戴したく……」 「まぁ! 苺が白いわ!」 「むむ! 甘いわ!」 「あらまぁあ! もう食べてしまったの?」 令嬢たちはきゃあきゃあと白い苺に夢中である。 こうしたお茶会で己の領地の特産品や事業の宣伝をするのは大切なことである。 私が他領の特産品に目が無いと知られているのか、こうしたお茶会は何やら発表会のようにもなってきている。 先ほどから招待客が入れ替わり立ち替わり領地の話をしにやって来て、最後には「是非、我が領にもお立ち寄りください」と手に”挨拶のキス”をして去っていく。 一人、手に挨拶のキスを送った後もなぜか手を離さず延々と領地のお話しをするご令息がいたものの、まるで物語に登場する男装の麗人のようなご令嬢が華麗に間に入ってくれ、王太子殿下の婚約者になってからの初めて主催するお茶会で大事にならずに済んだ。 助けに入ってくださったのはプラージュ伯爵家のリーヴァ様だ。 プラージュ伯爵家はリベラティオ国の沿岸部にあり、代々軍部幹部を輩出する名家である。 王家・王都を護衛する騎士団に対し、国全体を守護する軍部は別の組織になる。 騎士たちは貴族子息たちで構成されているが、軍は平民も含めて構成されている。 なかなかの荒くれ者の集まりだと騎士団長様はおっしゃっていた。 現軍務長官であるリーヴァ様のお父様、プラージュ伯爵から言わせれば「騎士団はお坊ちゃんの集まり」らしいけれど。 そんな二人のやりとりは王宮の名物となっている。 軍務長官プラージュ伯爵は筋骨隆々の要塞を体現しているような方でしたが、ご息女がこんなにも優美な方だとは驚きですわ。 うっとりと見すぎていたのか、リーヴァ様は照れたようなお顔を見せた。 「ローズ様、この度は当家もお招きいただき誠にありがとうございます。今回お披露目出来る特産品も無く、心苦しいのですが……」 「何をおっしゃいますの。先ほどリーヴァ様が来てくださってとても助かりましたわ」 「姫をお助け出来て、こちらこそ光栄です」 ふふふ、と微笑むリーヴァ様はスラリと背が高く、しなやかで凛々しい美しさがある。 国軍をまとめ上げるプラーシュ領地の特産品といえば、屈強な兵たちだろうか。噂では領民たちまで屈強だと聞いたけれど本当でしょうか。 「では、わたくしからはお土産話をローズ様へ……」 リーヴァ様が声を落としたのに合わせ、耳を傾ける。 「実は我が領地で『人魚の涙』という宝石が見つかったのです」 「まぁ……! 人魚の涙、というのは……」 リーヴァ様はコクリと頷き話をつづけた。 「その昔、海の底に住む人魚がおりまして────」 リーヴァ様は語った。 なんでも、我が国の海の底には半身が人間の形をした魚の魔物……通称、人魚がいたそうだ。 その人魚の姫が人間の王子に恋をしたが、交わらぬ理に敗れ叶わぬ恋となった。その叶わぬ愛に人魚が流した涙が宝石になった。 宝石は柔らかい光りを放ちながら、ゆっくりゆっくりと海の底へ落ちてゆく。まるで人魚が泡になって消えていくかのように──── くっ、と言葉を切ったリーヴァ様の横顔からはまるで人魚の苦悩が伝わってくるかのようだ。 「なんて……なんて切ないお話でしょうか……いくら住む世界が異なるとはいえ、なんとか幸せになる道は無かったのでしょうか……」 あぁ、とつい声が漏れた。悲しみの嘆息である。散り散りになってしまった泡をかき集めて人魚に戻して差し上げたいわ……! 「ご安心ください。幸せな結末も用意がございます」 そう、やはり結末は幸せでないと……ってご用意とは!? すっかり切なくなっていた胸を抱えながら顔を上げれば、リーヴァ様はニッコリと微笑みこちらを見ていた。 「即席で考えた”お土産話”は気に入って頂けましたか。姫」 そのイタズラが成功したかのような口調でからかわれていたということに遅れて気づく。よかったわ。泡になってしまった人魚はいないのよ……! 「すっかり聞き入ってしまいましたわ……!リーヴァ様はお話しを創られるのがお上手ですのね」 もう、もう!と安心と感激の眼差しでリーヴァ様を見上げれば、やや困ったように眉を下げて「父や兄弟と違い、私は文系なのです。ここだけの話にしてください」とのことだった。 「この逸話は私が創作しましたが、宝石は本物です。白く、丸く、かすかに輝きを返す幻の宝石なのですよ。本日の白の日に合わせお持ちすることも考えたのですが、人魚の涙は海からの贈り物。安定して供給出来るものではなく、こういった場でお披露目はならぬとお父様に言われてしまって……」 申し訳ございません、と眉を下げるリーヴァ様の手にそっと手を重ねる。 「いいえ……いいえ!! なんて素晴らしいお話しでしょうか。リーヴァ様の才能に引き込まれましたわ!これは誇ってよい能力だと、わたくしは!」 乙女心がくすぐられすぎて大盛り上がりのカーニバルだわ! 興奮した私の声が大きかったのか、苺に夢中だった令嬢たちが今度は何かとこちらに集まってきた。 ハッと我に返り、扇で口元をパフンと隠す。 そうして目を丸くしていたリーヴァ様とパチンと視線が合い、同時にお互いクスクスと笑ってしまった。
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