悪役令嬢の心得

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悪役令嬢の心得

ここは王宮。 王太子殿下の執務室である。 先程まで出入りしていた文官たちは全て退室し、この豪奢な執務室に残ったのはその部屋の主である王太子殿下であるリチャード様に、未来の側近であるお兄様。そして、(まだギリギリ)第三王子の婚約者である私の三人だ。 執務が一段落し、休憩がてら優雅なティータイムが始まった。 重厚な造りのテーブルの上には、各国から取り寄せた菓子や紅茶が彩りよく並ぶ。 まあっ! 私の好きなスコーンもありますわ! そして、この紅茶! 以前は隣国の茶葉が主流だったけれど、ここ最近の流れは北の国から入ってきた茶葉ね。花のような香りが胸いっぱいに広がるわ。 もしかしてここは天界……? いつの間に召されたのかしら。きっと横暴な上司のパワハラや過労で儚く散ったのね。そして穢れ無き心を持つ私は天界のティーパーティーに招待されたのだわ。だって、このスコーンはフワフワのサクサク! まるで雲のようで── 「ときにローズ」 「はい」 リチャード様の一声で空高く羽ばたいていた思考が地に落ちた。ハッ。ともすれば私は地上に舞い降りた天使……! 「今度の学科テストは問題ないか」 今度は地上から地下に埋まったわ。 「問題ありませんわ」 内心の動揺を一瞬も見せないのが悪役ってものだ。 涼やかに答え、一口紅茶を口に含む。 「……ここ最近、急に点数が落ちたと聞いているが」 「うっ」 なななぜそれを! 内心の暴れ狂う動揺がつい顔を出して、ちらりとリチャード様の顔を伺い見てしまう。 リチャード様は優雅にティーカップをソーサーに戻しながら、まるで千里眼で私の心の底まで覗いているかのように続けた。 「──もしかして、将来王子妃では無くなりそうだからと手を抜いてはいないか」 「ぐっ」 千里眼リチャード様は長い、それはそれは長いおみ足を組み直すと目は優しいのにオーラが! 禍々しいものに! 「まさかそんな腑抜ける訳ないか。なぁ?」 「ひぇ」 たたたすけてぇ! 壁に追い詰められた子ネズミのように、ぷるぷる震えていると ふと空気が緩んだ。 空気の変化を感じ取り、固くつぶっていた目蓋をそろりと開きリチャード様を見やる。 そこにいたリチャード様の顔は、戦いに明け暮れ戦いの中で生きる男のソレだった。 「──ローズ。悪役はな。強ければ強いほど良いんだ」 「強ければ……強いほど……」 強者の声が、私の背筋を震わせた。先ほどまで壁に追い詰められていたはずなのに、気分はさながら戦場に立つ戦いの中でしか生きられないマリオネットだ。リチャード様の言葉で作り物だった手に、指に、力が宿り、命が燃える。 「あぁ。この敵に勝ちたい、いや勝てるはずがない、と思わせる強さが必要なんだ。」 「まぁ!!」 戦意を喪失させてしまうほどの……強さ! 「悪役とは圧倒的勝者であり続ける。そして、目標とされるような人物でなくてはならない」 「圧倒的……勝者……! いい響きですわ!」 そう、それこそが私の目指す悪役ですわ! リチャード様は雷に打たれたように震える私の目をしっかりと見据え、大きく頷いた。 「ローズが努力家なのは知っているよ。王子妃を超えた語学力や知識、教養、王妃仕込みのマナー。ダンスの腕前には舌を巻いたよ」 「はい……! わ、わたくし……っ、リヒト様のために! 隣に立っても恥ずかしくない立派な妃になれるようにと努力いたしました……!」 「そう、リヒトのために、ね」 「はい! リヒト様のお力になればと、リヒト様がお好みでは無いことはわたくしがカバー出来ればと! おかげで様々なことを学ぶ機会を頂けて、身に余る幸運を感じました。それに王妃様はお優しく、ときに厳しく見守ってくださいました! もはや第二のお母様ですわ! わたくしの学んできたことをご存じでしたとはお恥ずかしい……でも、嬉しいですわ。今回のことで全てが無駄になると思って……確かに気落ちしていましたの。ですが! この経験は無駄では無かったのですね! わたくしの努力はこのためにあったのだわ!!」 ですわね、リチャードさ……ま……? え、なんでまた魔王顔に 「ひぇ」 「──少し、努力の理由が引っ掛かったけれど、努力出来ることは素晴らしいことだよ。ローズ」 魔王顔なのは気になるけれど、リチャード様は私が努力してきたことをご存じだったのですね……。心がじんわりあたたかくなって、泣いてしまいそうですわ。 あの孤独だった頃の私に教えてあげたい。 その努力を見ていてくださっていた方がいるのよ、と それにしても千里眼が使えるとは……我が国の王太子殿下の力は計り知れませんね。 少し潤んでしまった瞳を隠しながら、私はリチャード様に気持ちを込めてお返事をした。 「今度は、リチャード様のために……いえ、リチャード様が認めてくださった"私"のために圧倒的勝者で史上最高の悪役令嬢の力を見せて差し上げますわ!」 そう言うと、リチャード様は花が綻ぶような笑顔で喜んでくださった。 お兄様はなぜか自分の子どもが初めて歩いたところを見た親のような顔で泣いていた。どうした。
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