悪役令嬢の親交

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悪役令嬢の親交

「──もしかして、サーラ様は怖いのかしら。わたくしとお話しするのが」 クスリと小さく笑み挑発するように顎をクイと上げて、嘲るような表情を見せれば聖女の黒曜石のような瞳が燃えるような鋭さを持った。 ……ギリギリと鋭く睨み返してきていらっしゃいますが、この言い方はサーラ様を参考にしたのですからね? * 雨上がりの気持ちの良い陽気の中。 私たちは庭園にある東屋に向かっていた。 『サーラを側室候補として匿いつつ、教育してほしい』 そう頼まれたのはいいものの。 サーラ様をお茶に誘っても断られてしまい、全方位に警戒している黒猫ちゃんを保護しようにも難航しているのだ。 どうしたものかと頭を悩ませていたのだけれど、事情を知らない侍女たちは私に息抜きのティータイムを用意してくれたようだった。お部屋の中にいては名案も生まれないですものね。 ティータイムに必要なお菓子やお茶のポット、砂糖、塩、カトラリー、テーブルクロスなどなど大荷物を抱えたメイドたちが先に出発し その後、わたくしと侍女たちで護衛を引き連れ東屋へと足を進めた。 ──本当に。お部屋から出て正解でしたわ。 お茶の準備を整えようと先に向かったはずのメイドたちとサーラ様が睨み合っている場面に遭遇できたのですもの。 腰に手を当て高飛車な態度でメイドたちに睨みをきかせていたサーラ様は、近づく我々一行に気づくと憎々しげに「なんであんたがここに……」と呟いた。小声のつもりだったのかもしれないけれど、しっかり聞こえているわ。 サーラ様は先日の忠告をちゃんと覚えているようで、全身でこちらを警戒しているものの攻撃的な態度や言動は控える理性はあるようだ。 「なんであんたが」はちゃんと聞こえましたが。 あと、王宮メイドたちと睨み合っていましたが。 サーラ様との遭遇に気色ばむ侍女と、警戒度を上げた護衛騎士たちを扇の動きで抑え、逆毛を立てる黒猫ちゃんへニコリと笑いかけた。 「ごきげんよう、サーラ様。これからこちらでお茶会をと思うのだけれど……サーラ様もご一緒にいかかがかしら」 「……あなたと、私が、一緒に……? わ、私にも都合があるのよ。だから……」 サーラ様の表情は明らかに『なぜあんたと一緒にお茶をしなければならないの?』と雄弁に語っている。なんともわかりやすい。 「ええ。先日はお加減がよろしくないとのことでしたけれど、お元気なご様子で安心しましたわ。一度、殿方抜きで女同士お話ししてみたいと思っておりましたの。ね、よろしいでしょう?」 メイド達に視線を流せば、早速東屋の準備を整えに行った。風のように。素早い身のこなしだわ。 しかしサーラ様はジリジリと後退を始め、辞去するきっかけを伺っている。どうやら逃げるようだ。 そうはさせませんことよ! 「──もしかして、サーラ様は怖いのかしら。わたくしとお話しするのが」 わざと挑発すれば黒猫ちゃんは「そんなはずないわ!」と逆毛を立てて乗ってきた。 ……ここまで簡単に着いてきてしまうと心配になってしまいますわ。 * そもそも、私はサーラ様のことをまだ何も知らないのだ。 知っていることと言えば、レイノルドお兄様の窮地を救った"奇跡の力"と、何者かに追われているということ。 なんとまあ面倒なお客様ですこと。 レイノルドお兄様はわたくしを上手く使う気でしょうけれど、ふっふっふ。 頭脳明晰・才気煥発・悪役令嬢であるわたくしを甘く見すぎですわ。 この機会にサーラ様の実情を丸裸にし、レイノルドお兄様の鼻を明かすのよ! わたくしと取引をするなら、それ相応の対価をいただかなくては。 敏腕メイド達の腕により迅速に準備が整った東屋に整えられたテーブルにつけば、次々と紅茶やお菓子が並べられてゆく。準備が整い次第二人きりにしてくれるように頼む。 東屋からメイドや侍女たちが話し声が聞こえない距離まで下がっていく。 「──さて、サーラ様。もう普段通りにお話しされて結構ですわ」 サーラ様の表情を見るに現在警戒度が最高潮になっているようで、口は動かない。 どうやらまだ信じてもらえないようだ。 確かに、先日揉めたばかりの者から人払いをしたのでご自由にどうぞ、なんて言われても素直に信じられないわよね。それはそうよね。 ここは一つ、サーラ様の警戒心をとるために私から相手に心を開く必要があるのかもしれない。 「……喋れないのならばよいのです。わたくしが話したかったことをお伝えしますわ」 何から話そうか、と迷ってしまう。 共通の話題も何もない私たちは何から始めればよいのだろうか。 いくつも思いついては、やはり何かが違うと消えていく。 「わたくし、サーラ様のことを知りたいと思っているの」 口をついて出たのは素直な言葉だった。 「何を好んで、何が不得意か……好きな菓子や紅茶の種類でもよろしいですわ。紅茶に入れる砂糖の量やミルクの量など……そうね、例えばこの紅茶の温度はどうかしら?」 紅茶のカップに視線を向けると、サーラ様はムスッとした表情で紅茶のカップに口をつけるも、思っていた味と異なったのかミルクを入れてクルクルと混ぜている。 「──わたくしは紅茶ならばストレートね。味の変化がよくわかるの。毒が混ざればすぐ気付けるわ」 カチリ、とサーラ様の持っていたティースプーンが食器に当たり音が鳴った。 これは先が長いわね。 クスリと笑われたのがわかったのか、こちらを睨むサーラ様の瞳を見つめ返す。その中に嘘や誤魔化しが無いかを確かめるために。サーラ様の吸い込まれそうなほど濃い黒曜石のような瞳を捕らえた。 「ふふ。あぁ、そうだわ。サーラ様はリチャード様の側室になるおつもりだとか」 サーラ様の目がやや驚きに見開かれ、不可解だというように柳眉が寄った。 「それがなによ」 「まぁ、声を妖精に持ち去られてしまったわけではなかったのね。よかったわ」 「馬鹿にしているの!? あぁ、私に王太子様がとられそうでこわいのね。それでわざわざ牽制しに来たんでしょう」 得意げに胸を反らすサーラ様に、やれやれと呆れた表情を見せた。 「サーラ様は面白い方なのね。あなたはまだこの国の側室の資格すらないわ」 私の言葉に一瞬怯んだ様子を見せたものの、ハッと何かを思い出したのか「嘘つき。国の資格なんていらないって知ってるんだから」と調子を取り戻した。 「私にはね。奇跡の力があるの。それを知ったら王太子様が放っておくはずないわ」 なるほど。どうやらサーラ様自身はレイノルドお兄様の思惑をご存じないようだ。 確かに、今のサーラ様にこちらの思惑は知られない方が安全かもしれませんものね。お互いに。 「あら、まあ。そうでしたの」 ゆっくりと目を伏せ、紅茶を一口だけ口に含むとふわりと香りが広がり抜けていった。 この紅茶を入れたのは実家から来てくれた侍女らしい。そのいつもの侍女の小言を思い出し、ゆるりと口角が上がっていく。 「あぁおいしい。わたくしね、このスコーンが大好きなの。ふふ。これは内緒にしてくださいませね」 中央に置かれた菓子類の中からスコーンを取り、半分に割る。 一口食べて見せ、口をつけていない方を皿に乗せサーラ様の方へ差し出した。 サーラ様の視線は半分になったスコーンと私を行ったり来たりさせている。 「スコーンは半分にして食べるけれど。わたくし、好きなものは分け合いたくない質なのだと最近気付いたの」 相手の心を、本心を聞き出す時は。私も本心を同じテーブルに乗せなければならない。 「ねぇ、サーラ様。あなたは、わたくしとリチャード様を分け合おうとお考えなのかしら?」 サーラ様が息を飲んだ音がした。 「すこしサーラ様のご事情を少し伺ったのだけれど、追われているのですって? おかわいそうに。何かお力になって差し上げたいと思うのだけれど、まずは……」 黒曜石の中、奥をのぞき込む。 「その奇跡の力と引き換えに、リチャード様の寵愛を求めていらっしゃるのか──それとも、わたくしたちに保護を求めていらっしゃるのか、お聞かせくださいませんこと?」 驚きで見開いた瞳の奥を覗くように、本心を、視線を捕らえる。
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