壹、 天兎 1

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 よく、犬や猫にネギ類やチョコレートなんかを与えてはいけないという話は聞く。たぶん兎にだってそういうものはあるだろう。この野菜炒めについては、あれば自分で避けただろうが。  俺がそうやって真面目に考えていたにもかかわらず、反った身体を起こしたアオは、意味深に口の端を上げて八重歯を覗かせた。 「ふぅん? 何よあんた、随分と優しいじゃない。自分で名前なんか付けたもんだから、早速あたしに情が湧いちゃった?」 「抜かせ」  心配して損した。戯言は斬って捨てる。  俺が無言で先を促すと、アオは残った野菜炒めを見ながら話し始めた。 「いや、ね。美味しいと思ったのは本当よ。でも、これには月の光がほとんど宿ってないの」 「月の光?」 「そうよ。あんたたち人間にとっての空気や水、ひいてはそこから得る養分のように、生きるために欠かせない生命力のほとんどを、あたしたち兎は月から得てる。より正確には、月の地表にある特殊な物質が太陽光に溶けて、その光をあたしたちが浴びることで生命力に変換できるんだけど、その物質ってのはこの地よりも月の方に極めて多くて……」
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