壹、 天兎 1

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「んなこと急に言われても困るって!」  大仰な仁王立ちで告げられたアオの要請。対する俺の感想は、これだ。  当たり前だ。月の光をたくさん浴びた食べ物なんて、どこに行ったら手に入るのか検討もつかない。どの店も、そんな文句で物を売っていたりはしないのだ。  しかし、アオにそう伝えようと俺が口を開きかけたとき、ふと脳裏に浮かぶものがあった。  それは家の台所の隅に置かれた、とある箱たち。  この家に一人で住むようになって丸二年。それまでじじいが管理していたものについて、俺は少しずつ把握してきているつもりだが、未だによくわからないものは多い。  これもその一つ。ちょうど今くらいの時期になると、どこからともなく送られてくる、蓋付きの、妙に精巧で内布まで貼られた立派な桐箱。  受け取ったまま何段も積み重なっているその中身は、なんと酒だ。大瓶の前面にバッチリ貼られたラベルには、見た目に劣らぬ大層なブランド名「みつき」が楷書で記されている。嘘か真か、よくよく月光に当てられた米を原料とする純米吟醸。
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