天兎 2

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「はい。数学の担当は宮東さんでしたよね。せっかくなので、私も今、渡しておきます」  彼女は揺れるスカートを翻して席へと戻る。  俺は少しだけ離れてそのあとに続き、通路を挟んで斜め後ろ、窓際の自席に鞄を置いた。 「一番後ろの空いている席の上に集めて、休み時間に持っていかれるのがよいかと思います」 「わかった。そうするよ」  プリントを受け取った際、少しだけ触れた指先に、俺の心臓が跳ねた。  彼女は最後に「では、お願いしますね」と丁寧に告げて教室を出ていく。  たぶん、教室にいるクラスメイトの大半がこちらを見ていて、今、俺と同様に沈黙していた。  俺は受け取ったプリントに鞄から取り出した自分のものを重ね、一番後ろの空席に置くと 「えっと、じゃあみんな、適当にここに重ねておいてくれ。昼休みに持っていくから」  と誰にともなく向かって言った。  集まっていた視線は一度散る。しかし彼らは依然、一律に会話の声量を落とし、意識の端でこちらの様子を窺っていた。
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