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序、 新月の夜
月のない晴れた夜だった。
梅雨入り前特有のわずかに湿気を帯びた空気の中、俺がようやく徒歩で自宅に帰り着いた頃には、時刻は午後十時を回っていた。
自宅、とはいえ、その敷地の端から玄関先までは、まだ少しだけ遠い。
公道に面した鳥居をくぐり、慣れてもなお辟易する長い石段を上り、参道を逸れて社務所と拝殿と本殿の脇を抜けた先に、俺の住む家は建っている。祭事も神事もないので灯籠に光はないが、庭先同然の境内を歩くのに困るほど暗くはない。敷き詰められた砂利が次第に消えて土となり、辺りの草木の剪定がちょっとおざなりになってくると、真に帰宅目前だ。
今日は疲れた。ようやく訪れた金曜日で、高校の帰りには直接その足で祖父――じじいの入院している病院へ行き、話しながら雑事や食事を済ませて今に至る。
明日は休みだし、帰ったらもうこのまま寝てしまおう。そんなことを考えながらゆっくり歩みを進めていると、突然、俺の足に何かがぶつかった。
それも一度ではない。二、三の軽い衝撃があったかと思えば、すぐに傍の木々の隙間に飛び込んでいく音が聞こえる。
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