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「帰りますとも。もうここには絶対来ないんだから!」
今時小学生も言わないような捨て台詞を吐きながらカフェを飛び出して、お金を払っていないことに気がついた。だけど誰も追いかけてくる気配はないし、あたしがお店に戻ったところで店員さん――栗原さんは受け取ってくれない気がした。
だから、回れ右はやめた。
ひんやりとした風が頬を撫ぜ、乾燥した涙の跡が痛くなって。そういえばあたし、失恋したんだったなって思いだした。そう、思い出した。一瞬忘れていたんだ。
ふられた時のどん底が嘘みたいになくなって、その代わりに栗原さんとのやり取りが、にやついた笑みが、繰り返し浮かぶ。腹立たしいくらいがありがたかったんだなと、今になって気づく。
ここまで先読みしてのあの態度だったのなら、栗原さんは本当にすごい。年上の男の人ってみんなあんな風なのかな。あたしにはわからない。だってまだ、たった一人の同級生としか付き合ったことがないから。
次に付き合うなら、包み込んでくれるような優しい大人の男の人がいい。そしてちゃんと甘いココアを出してくれる人がいい。そんなことを思った大学二年、号泣のち秋晴れ。
ロマンティックの欠片もない。それが、栗原洋一さんとの出会いだった。
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