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そこは五十代半ばのマスターと、四十代後半のマスターの奥さんと、栗原さんと、もう三人のバイトで心地よくやれるほどの小さなカフェだった。
あたしが失恋した日の前々日にちょうど一人のスタッフが辞めて、急遽一人募集をかけたばかりだったそうだ。ちなみに、可愛い女の子大募集と書き足したのは栗原さんだと後になって知った。
女には困りはしないであろうルックスで、白シャツに黒いサロンも見事に着こなすカフェ店員。それなのにあんなことを書くほど女好きなんて、たちが悪い。
そんな風に思うくせに、栗原さんをもっと知りたいと思う自分がいる。あたしにはとことん男を選ぶ才能がないのかもしれないと気づいて、ちょっとへこんだ。
栗原さんはあたしがバイトに行くと、高確率でそこにいた。話を聞けば二十六歳だけどただのアルバイトで、ほとんど毎日出勤しているのだとか。
憎まれ口ばかり叩かれるし、子ども扱いばかりされるけど、栗原さんといる空間はとても居心地が良かった。
あんなにもあたしの不細工で惨めな部分を見ているはずなのに、そこには一切触れずににこにこと構ってもらえることが、素の自分も受け入れてもらえたような安心感や嬉しさがあった。
もっと栗原さん仲良くなりたくて、何かと話しかけた結果、あたしの思惑通りあたしたちは兄妹みたいに仲良くなった。
もちろん、あたしが栗原さんと過ごす時間を大切に感じていることは、口が裂けても言うつもりはない。だってそんなこと言えば、栗原さんは盛大に勘違いして、また一人女を惚れさせてしまったなどと調子に乗りそうだ。
あたしは決して、栗原さんに恋をしているわけじゃない。気の良い兄貴分として慕っているだけだ。一緒くたにはしてほしくない。
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